キスしない約束の恋
第4話 はじめての自分
「じゃあまず、前髪」
美玲さんの声で、椅子がゆっくり回される。
鏡の前。
逃げ場は、もうない。
「……切るんですか」
「切らない」
即答だった。
「活かすの」
「……?」
「いい素材は、消さない」
指が、そっと前髪に触れる。
怖い。
でも。
振り払えない。
「シロ、目閉じて」
「……」
「大丈夫、取って食わないから」
少しだけ迷って。
ゆっくり目を閉じる。
――シャッ、シャッ。
ハサミの音。
髪をすくう感触。
何かが変わっていく。
それが、わかるのに。
見えないのが怖い。
「緊張しすぎ」
くすっと笑われる。
「初めてなんでしょ、こういうの」
「……はい」
「そりゃそうか」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「大丈夫」
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「ちゃんと、いい方向に変えるから」
その言葉が。
なぜか、少しだけ安心できた。
「よし、目開けて」
ゆっくりと、目を開ける。
鏡の中。
「……え」
思わず、声が漏れた。
前髪が、軽くなっている。
完全に上げているわけじゃない。
でも、目元が見える。
光が入る。
顔が、ちゃんと見える。
「ほら」
美玲さんが、顎を少し上げる。
「目、めちゃくちゃ綺麗」
「……」
「隠す意味ないでしょ」
言葉が、出てこない。
これが、私?
知っている顔のはずなのに。
知らない。
「次、メイクいくね」
「……メイク」
「そんな構えないの」
くすっと笑って。
「ナチュラルで十分だから」
指が、頬に触れる。
ブラシが、肌をなぞる。
くすぐったい。
でも、嫌じゃない。
「肌きれいすぎ」
「……何もしてないので」
「それが一番強いのよ」
軽くファンデーション。
ほんの少しの色。
リップ。
「はい、完成」
また、鏡を見る。
――さっきより。
少しだけ、柔らかい。
少しだけ、明るい。
「どう?」
美玲さんの声。
「……わかりません」
本音だった。
「ふーん」
でも、どこか満足そうに頷く。
「まあいいや」
「……?」
「これから嫌でもわかるから」
そのとき。
「……すげぇな」
後ろから、低い声。
びくっと肩が揺れる。
振り返ると。
神崎くんが、少しだけ目を見開いていた。
「別人じゃん」
「……」
「いや、元がいいのか」
じっと、見られる。
昨日とは違う視線。
面白がる感じじゃない。
もっと、まっすぐな。
「……やめてください」
思わず、顔を逸らす。
「なんで」
「……見ないで」
そう言うと。
少しだけ、間があって。
「無理」
前と同じ言葉。
でも。
「今の方が、見たい」
その一言が。
胸に、落ちた。
「……っ」
心臓が、うるさい。
見られている。
でも。
さっきまでみたいに、怖くない。
少しだけ。
――嬉しい、と思ってしまった。
「ほら」
美玲さんが立ち上がる。
「服も変えるよ」
「……え」
「ここからが本番」
逃げ場は、もうない。
でも。
鏡の中の自分を、もう一度見る。
知らない顔。
でも。
少しだけ。
嫌いじゃない。
「シロ」
名前を呼ばれる。
「楽しみなさい」
その言葉に。
ほんの少しだけ。
前を向いた。
――変わることが、怖くなくなるくらいに。
美玲さんの声で、椅子がゆっくり回される。
鏡の前。
逃げ場は、もうない。
「……切るんですか」
「切らない」
即答だった。
「活かすの」
「……?」
「いい素材は、消さない」
指が、そっと前髪に触れる。
怖い。
でも。
振り払えない。
「シロ、目閉じて」
「……」
「大丈夫、取って食わないから」
少しだけ迷って。
ゆっくり目を閉じる。
――シャッ、シャッ。
ハサミの音。
髪をすくう感触。
何かが変わっていく。
それが、わかるのに。
見えないのが怖い。
「緊張しすぎ」
くすっと笑われる。
「初めてなんでしょ、こういうの」
「……はい」
「そりゃそうか」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「大丈夫」
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「ちゃんと、いい方向に変えるから」
その言葉が。
なぜか、少しだけ安心できた。
「よし、目開けて」
ゆっくりと、目を開ける。
鏡の中。
「……え」
思わず、声が漏れた。
前髪が、軽くなっている。
完全に上げているわけじゃない。
でも、目元が見える。
光が入る。
顔が、ちゃんと見える。
「ほら」
美玲さんが、顎を少し上げる。
「目、めちゃくちゃ綺麗」
「……」
「隠す意味ないでしょ」
言葉が、出てこない。
これが、私?
知っている顔のはずなのに。
知らない。
「次、メイクいくね」
「……メイク」
「そんな構えないの」
くすっと笑って。
「ナチュラルで十分だから」
指が、頬に触れる。
ブラシが、肌をなぞる。
くすぐったい。
でも、嫌じゃない。
「肌きれいすぎ」
「……何もしてないので」
「それが一番強いのよ」
軽くファンデーション。
ほんの少しの色。
リップ。
「はい、完成」
また、鏡を見る。
――さっきより。
少しだけ、柔らかい。
少しだけ、明るい。
「どう?」
美玲さんの声。
「……わかりません」
本音だった。
「ふーん」
でも、どこか満足そうに頷く。
「まあいいや」
「……?」
「これから嫌でもわかるから」
そのとき。
「……すげぇな」
後ろから、低い声。
びくっと肩が揺れる。
振り返ると。
神崎くんが、少しだけ目を見開いていた。
「別人じゃん」
「……」
「いや、元がいいのか」
じっと、見られる。
昨日とは違う視線。
面白がる感じじゃない。
もっと、まっすぐな。
「……やめてください」
思わず、顔を逸らす。
「なんで」
「……見ないで」
そう言うと。
少しだけ、間があって。
「無理」
前と同じ言葉。
でも。
「今の方が、見たい」
その一言が。
胸に、落ちた。
「……っ」
心臓が、うるさい。
見られている。
でも。
さっきまでみたいに、怖くない。
少しだけ。
――嬉しい、と思ってしまった。
「ほら」
美玲さんが立ち上がる。
「服も変えるよ」
「……え」
「ここからが本番」
逃げ場は、もうない。
でも。
鏡の中の自分を、もう一度見る。
知らない顔。
でも。
少しだけ。
嫌いじゃない。
「シロ」
名前を呼ばれる。
「楽しみなさい」
その言葉に。
ほんの少しだけ。
前を向いた。
――変わることが、怖くなくなるくらいに。