没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
震える声で、そう答えた。

その瞬間――

何か大切なものを、置いてきてしまったような気がした。

相手の方が帰った後、部屋には静けさが戻った。

「決めたんだね」

父が、隣に腰を下ろす。

「はい」

私は、窓の外を見つめたまま答えた。

どこか遠く――もう届かない場所を見るように。

「……すまない。父が情けないばかりに」

その声は、ひどく弱々しかった。

胸が、少しだけ痛む。

「いいえ」

ゆっくりと首を振る。

「こうなる運命だったんです」

それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。

あの方の隣にいられるはずがないことも、最初から分かっていたはずなのに。

一度は、あきらめかけた想いが――ほんの少しだけ、叶ってしまっただけなんだ。
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