没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
「そうか?」

アルヴィオン様は、わずかに笑った。

「これを着るのは……ほら、君が紅茶を淹れてくれた、あの他国の使者との謁見以来だ」

「あ……」

あの時の光景が、ふっと蘇る。

緊張でいっぱいで、彼のことなど気にする余裕もなかった。

「それは……気づきませんでした」

苦笑しながら答えると、彼はゆっくりと胸元に手をやった。

「ほら、この勲章」

指先で示される。

「君が迷って、着けられなかったものだ」

(あの時……)

戸惑いながら、必死に手を伸ばしたことを思い出す。

私はそっと、その勲章に触れた。

そして、その下にある彼の胸に――

(あの時は……)

驚きすぎて、何も感じる余裕がなかった。

けれど今は、はっきりと分かる。

その温もりも、鼓動も。
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