*Lily*
1.
 「今日から君の指導員(シドウイン)を務める、伊央よ。よろしくね、……ええと、慧くん」

 警察署の喧騒の中、伊央は精一杯の「先輩風」を吹かせて胸を張った。

 目の前に立つのは、今日配属されたばかりの新人、慧。

自分より頭一つ分以上背が高く、どこか気だるげに前髪を弄っている。

 「……慧でいいですよ、先輩。そんなに肩肘張らなくても」

 慧はふっと口角を上げ、面白そうに伊央を見下ろした。

その瞳には、新人にありがちな緊張感など微塵もない。

むしろ、すべてを見透かしているような、妙に落ち着いた「大人の余裕」が漂っている。
 
「いい? 現場は時間との勝負なの。私の指示には絶対に従うこと。猪突猛進って言われることもあるけど、それは情熱の裏返しなんだから!」
 
「へぇ。……じゃあ、その情熱で転んで怪我しないように、僕が後ろから見ててあげますね」
 
皮肉まじりの言葉に、伊央はムッとして言い返そうとした。
 
けれど、その時。資料を抱えて歩き出そうとした伊央の足元が、コードに引っかかる。

 「わっ……!」
 
前のめりに倒れそうになった瞬間、強い力が伊央の二の腕を掴み、ぐいと引き寄せた。
 
「おっと。……ほら、言ったそばから」

 鼻先をかすめる、石鹸のような清潔な香り。

 慧の大きな手が、がっしりと伊央の腕を支えている。

あまりの距離の近さに、伊央の心臓がドクン、と跳ねた。
 
「……あ、ありがと。でも、これくらい自分で立てるわよ!」
 
「はいはい。危なっかしいなぁ、先輩は」

 慧はひょうひょうと手を離すと、何事もなかったかのように歩き出す。

 赤くなった顔を隠すように、伊央は慌てて彼の背中を追いかけた。
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