偽王子と、甘い偽恋
「詳しいことは、僕もわからなくて。何も話せなくてごめんなさい。でも、お客様には聞かれたら話してもいいよって言われていたので、お伝えしておきますね」


 そう言われ、それから自分が何をしていたのかは分からない。
 どうやって会社に戻り、どうやって仕事をこなしていたのかも。
 私の頭の中は、臣くんが仕事を辞めたという事実だけが埋め尽くしていた。

 どうして、そんなに私の元から姿を消そうとするのだろう。

 会えたら話したいことが、たくさんあった。
 「いつ帰ってくるの?」とか「今はどうしてるの?」とか。
 …今なら素直になって、「早く帰ってきて」って言いたかった。

 一人の部屋が、シングルベッドが、いつも使っているローテーブルが、あんなに広いなんて知らなかった。テレビの音だけが響く部屋が、あんなに寂しいものだなんて知らなかった。

 以前までは当たり前だったことが、今はひどく空虚に感じられる。

 言い合いをしてうるさいくらいが心地よかった。ベランダから漂う煙草の匂いがしないことが、たまらなく寂しい。シングルベッドで二人で眠って「狭い」と文句を言い合えないことが、こんなにも切ない。

 臣くんをこんなにも恋しいと思う日が来るなんて、思ってもみなかった。

 これが、恋焦がれるということだったんだって、初めて知った。
< 81 / 177 >

この作品をシェア

pagetop