初恋が始まるとき。
「今のは流されるところだろ…!」

「場所を考えてくださいな!TPO!」

「1回目は流されたくせに!」

「黙らないと次は舌噛み切りますから」

「え、ディープキスまで許してくれるってこと?えっち〜」

「許してないんだわ!」


 渋谷さんの肩を軽く押し、距離を少し離して暑くなった頬を早く冷まそうと手で仰ぐ。

 居酒屋で個室とは言え、そんな場所ではないのに一瞬でも流された自分が恥ずかしくて、自分のことすらも殴りたい。

 この人の雰囲気の持っていき方があまりにもスムーズで騙された。

 悶絶している渋谷さんを見てすこし悪いことしたなと罪悪感を感じるも、複雑な気持ちで見下ろしていた。


「…初めてですよ。嫌に決まってます、こんな所で終わらせようとするなんて…」


 そう小さな声で呟いたが、彼は聞き逃さなかった。私のつぶやきに少し驚いた顔をしたが、その後私の顔を見て少し微笑み頬を撫でる。


「どこならいい?ホテル?それとも俺の家?」

「下心しかなくて笑えてくるな」

「じゃあ何。俺の家で飲み直そとでも言えばいいわけ?それかオシャレなバーでも連れて行って口説けばいい?」

「何を聞いてもその気にしか聞こえないので陳腐に聞こえそう」

「本当面倒くせぇ女だな!」


 隣同士に座ったまましばらく会話をして、渋谷さんは先程の空気を和ますように話してくれ笑わせてくれた。

 相変わらずこの人が本気なのか、いつも通りなのかも分からないままで、確かめることはできなくて、それなのに流されてもいいかも、なんて思ってしまっている私もいる。

 ほんの少しでもこの人を好きかもと思えた事実が私には特別で、そう思えた人なら1度きり馬鹿みたいに溺れてみるのもいいのかも、なんてアルコールのせいもあって絆されかけていた。

 ずっと固く締めていた紐が緩んで、その隙をこの人に解かれていくように。
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