初恋が始まるとき。
Episode7
 アルコールで熱が籠った体を冷ますように、夜道をゆっくり歩く。人混みの中を駅に向かって進んで、隣には歩幅を合わせながら歩く渋谷さん。

 この後の予定は話していない。でも駅に向かうから、このままお互いに家に帰るのだろうと思っていた。

 だけれどほんの少し、ふたりの間でまだ一緒にいたいってそんな気持ちがあるようにも見えて、照れくさくて言えなかった。

 渋谷さんの方をちらっと見ると、渋谷さんはポケットに手を突っ込みながら歩いている。

 鼻先が少し赤くなっていて頬も気持ち少し赤い。アルコールのせいで赤くなっているのか、寒さのせいで赤くなっているのか区別はつかなかった。

 駅に着くといつもはホームが違うからここで別れる。駅で私達は向かい合って「それじゃあ、また来週」をするだけなのに、私は渋谷さんと向かい合ったまま少し俯く。


「…優菜ちゃん?」

「…はい」

「こっち向いて」


 そう言いながら手を取られるも、顔はあげられないまま。

 そんな私にクスッと笑いを零した渋谷さんが私の顔を覗き込む。


「優菜、こっち向いて」


 名前の呼び捨てに驚いて顔を上げると、駅には少なからずまだ人はいるのに一瞬だけ唇が重なり合い、目を見開いた。


「ちょ、っと…!?」


 人前でキスを交わすなんて当然したこともないし、付き合っているか錯覚する程当たり前のようにキスを交わすなんておかしなことだ。

 怒る私を気にするでもなく渋谷さんは口元に弧を描いたまま私の目を見つめている。


「帰りたくないって、素直に言えば?」

「…別に、そんなんじゃないですし」

「顔に出てんの。もう少し俺といたいって思ってるくせに」


 揶揄うような口調の中に渋谷さんの帰りたくないって言えよという願望も少し入っている気がして、彼の目を見つめた。

 自分だって帰したくないとは言わないくせに、人に言わせてなんてずるい人なのだろうか。
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