面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった【完結】

プロローグ:午前五時。混ざり合う朝焼けとシーツの余熱

 見慣れない部屋でふっと目が覚めて、シーツの擦れる微かな音とともに身体を起こす。

 まだ薄暗い部屋の中で、窓を覆うレースカーテンの向こう側が、淡い藤色に染まっていた。
 真っ白な壁に掛けられた時計の針は、午前五時を少し回ったところを指している。

 隣で静かな寝息を立てる彼を起こさないよう、そっとベッドを抜け出した。
 素足に触れるフローリングのひんやりとした感触が、少しだけ頭をクリアにする。

 ためらいがちにカーテンを引くと、そこには四月の透き通るような朝焼けが広がっていた。

 思わず息を呑み、見入ってしまう。

 カラカラと、控えめな音を立ててガラス扉を開けた。
 都会を流れる大きな川を見下ろす、十四階の見晴らしの良いベランダ。

 外に出た途端、冬の気配を微かに残したような冷たい空気が頬を撫でた。
 背中まで伸ばした髪がふわりと揺れ、彼に借りたベージュのパーカーの隙間から風が滑り込んでくる。

 けれど、その肌寒さなど気にならないほど、目の前の光景は美しかった。

 彼がいる部屋の中に冷気が入り込まないよう、後ろ手でしっかりと扉を閉める。


 ひんやりとした金属の手すりに両手を預け、ぼーっと空を見つめた。

 川の水面が光を反射し、空の色がゆっくりと、確実に薄紫からオレンジ色へと溶け合っていく。


「……何してんの」

 扉の開く音とともに、低く掠れた声が鼓膜を揺らした。

 振り返ると、眩しそうに目を細めた彼が立っていた。
 気怠げな視線が私を捉える。

「あ……ごめん、起こしちゃった? 空が綺麗すぎて」

 小さく謝ると、彼は何も言わずに私の隣へと歩み寄り、同じように川の向こうへと視線を向けた。

 カチッ。
 小気味良い音とともに、彼の手元で小さな火が灯る。

(……綺麗)

 まだ半分眠っているような瞳で、煙草を咥える横顔。
 センターパートに分けた長めの前髪が朝の微風に揺れる。

 その輪郭の向こう側に広がる空のグラデーションと相まって、まるで映画の一場面のようだった。
 紫煙の仄かな香りが、春の明け方の空気に混ざって鼻腔をくすぐる。

 そのまま二人で、朝陽が昇っていくのを眺めていた。

 彼は何も喋らない。
 けれど、私の右半身に、彼の左半身がぴったりと触れている。
 パーカー越しに伝わる微かな体温。
 昨晩、この熱に包まれながら肌を重ねた記憶が蘇り、顔の表面温度が一気に上がるのがわかった。

(………………)

 心の中で一人焦っていると、彼が短くなった煙草の火を消した。

「……寒くね? 入ろ」

 ぶっきらぼうな響きの中に気遣いを滲ませて、彼は踵を返す。

 私は小さく頷き、大人しくその背中について部屋の中へと戻った。


 彼は迷うことなく、まだ二人の余熱が残るシーツの中へと潜り込もうとしている。

 今日は土曜日。
 仕事はお互い休みだし、起きるにはまだ早すぎる時間だ。

 私はどうしようかと立ち尽くし、所在なく視線を彷徨わせた。

「……今日なんか予定あんの?」

 低く落ち着いた声が投げかけられる。

「ううん。ないよ」
「じゃあ、来たら」

 短く誘われ、「うん」と頷いてベッドへと近づく。

 その瞬間、すっと腕を引かれた。

 抵抗する間もなく、温かな空間へと引き寄せられる。
 ふわりとシーツが被さり、そこは完全に二人だけの世界になった。

 ベランダにいた時よりも少し覚めている彼の瞳が、至近距離でじっと私を見つめている。
 吸い込まれそうなその視線に息を止めた直後、ゆっくりと、確かめるように唇が重なった。

 一回、二回、……三回。

 触れるだけの優しい口づけから、次第に熱を帯びて、深くなっていく。

「…………っ」

 このまま二度寝するのだと思っていたのに。

 昨晩と同じ、甘くて深い彼の熱が、再び私の中へと注がれていった。
< 1 / 22 >

この作品をシェア

pagetop