万華鏡は月を巻き戻す

黒木がそっと朔に近づく。
白衣の裾がわずかに揺れ、床に落ちる蛍光灯の光が彼の影を長く伸ばした。

「なにするの?」

「触診だよ。とってくったりしない。」

黒木の声は落ち着いているのに、どこか急いでいるようにも聞こえた。
彼の指先が朔の下腹部に触れる。冷たい手だった。

下腹部を触る。

「本当だ。
腎臓がない。
これ死ぬな。臓器不全だ。」

淡々とした声なのに、その言葉は鋭く胸に刺さる。

「どうにかならないの?」

私の声は震えていた。
朔の呼吸が浅くなっていくのが、すぐ隣で分かる。

「どうにもならない。
腎臓が一つなくなったんだ。
死ぬしかない。」

黒木は医師の顔で言う。
感情を押し殺したような、冷静すぎる声。

「腎臓あるじゃん!!
私の。」

思わず叫んだ。
胸が痛くて、息が苦しい。

「本気で言ってるの?」

黒木の目がわずかに揺れた。
驚きと、呆れと、ほんの少しの戸惑い。

「本気だよ。一度移植できてるってことは合うってことでしょ?」

「あのさ、未成年の移植って出来るわけないでしょ? 親の同意もないし、しかも他人同士。」

黒木は眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
医師としての理性が、羽瑠の必死さを押し返す。

「それでも!!
それでもやってよ!!」

声が裏返る。
涙が頬を伝うのが自分でも分かった。

「親が帰ってくるのは明日だから、どうにかなるでしょう!?」

必死に言葉を重ねる。

「それに貴方ここの院長の息子でしょ。
権限使って上手いことやってよ!」

「そんな無茶いわれたって、僕は内科の医師だ。」

黒木は苦笑する。
でもその目は、どこか痛そうだった。

「私論文みたよ。蓮水先生の。
小児の臓器移植におけるなんたらかんたらってやつ。」

黒木の肩がピクリと動く。
図星を刺されたように。

「海外でも経験積んでるって…若いのにすごいなって感心した。」

「君はほんとに。」

黒木は目を伏せ、額に手を当てる。
困惑と、諦めと、少しの感情が混ざった表情。

「まあ、その論文の内容半分も理解できなかったけどね。」

私は涙を拭いながら、無理に笑ってみせた。
朔の呼吸が弱くなっていく音が、静かな病室に響いていた。
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