ねじれの位置の恋人-世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人‐

1.出会い

 いつもと同じ時間に目覚ましが鳴り、いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ時間の電車に乗る。
 やりたいことはそんな単純なことだったのに。
 
 めまいに襲われた七海は、改札を通過する人の波から抜け出し、壁際にもたれかかった。
 今日は9時から会議がある。
 昨日の午前中に出してくださいとお願いしていた資料は定時退社時刻までに出されることはなく、今日出社したらすぐ印刷しようと思っていたのに。
 
 あぁ、ダメだ。
 世界が回っている。
 七海は背中を壁につけたままズルズルと床に崩れ落ちた。
 
 人がどんどん改札に吸い込まれていく。
 ときどきこちらをチラ見しながら改札を通る人はいたけれど、実際に声を掛けてくれる人はいなかった。
 早く立ち上がらないと。
 電車に乗って会社にいかないと。

 大丈夫。ちょっと休憩したら何とかなる。
 安物の腕時計で時間を確認し、あと10分だけ休憩したら立ち上がろうと決意したが、10分経っても、15分経っても七海の身体はまったくいうことをきかなかった。
 
 あぁ、どうしよう。
 休ませてくださいって会社に電話?
 派遣のくせに急に休みやがってと怒られるのかな。
 でも無理だ。動けない。
 七海は改札の横で座っているのが精いっぱいだった。

「大丈夫か?」
 少しひんやりした大きな手がおでこに触れ、驚いた七海はうっすらと目を開けた。
「熱はないな」
 男性はまるで医者のように七海の脈を測り、首に触れ、目を診ていく。
「貧血だな」
 答えなくてはいけないのに、声が出ない。
 小さく頷くことさえできない。
 限界を迎えた七海はなにもできないまま、ゆっくりと目を閉じた。
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