『サヤームの鈴 ―日本人村の軍師になった男―』~400年前のアユタヤ王朝、君に渡せなかった鈴が今、歴史の彼方から鳴り響く~

第四章 英雄からの招待状



1.要塞の監視官

 レックに新たな「辞令(じれい)」が下った。

 送り主は、あの山田長政である。

「お主のその博識、鯰屋に埋もれさせておくには惜しい」

 長政の命により、レックはチャオプラヤ川と支流が交差する要衝(ようしょう)、ポムペット要塞(ป้อมเพชร)の検問警備に任命された。

 日本人町の先輩武士たちは、揺れる小舟に身を任せ、北側の要塞まで水路で働きに出かける。

 だが、レックは町外れの馬飼いから小柄なポニーを一頭借り受け、陸路を「通勤」するようになった。

 周囲からは「変わり者の物好き」と失笑を買ったが、レックには自分なりの意図があった。

 舟は視点が低く、水面と岸壁の死角に視界を遮られる。

 だが馬の背は、高い位置から町を見下ろせる。

 要塞の人足たちの視線の泳ぎ、荷を隠すように急ぐ不自然な足取りが鮮明に見て取れる。

 赤茶けたレンガが重厚に積み上げられたポムペット要塞は、圧巻の威容だった。

 (俺の知る現代のアユタヤ歴史公園にあるこの“荘厳”な要塞は、城壁も朽ち果て、老人の散歩道に過ぎなかった。だが、どうだ……)

 擁壁《ようへき》の高さは14メートルに及び、フランスから持ち込まれた最新式のカノン砲が8門、河口を睨みつけている。

 タイ湾からバンコクを抜け、アユタヤへ遡上するすべての船を監視する、この国最強の「水門の砦」として威風堂々の構えである。

 レックの役割は、朱印船、中国のジャンク船、オランダの東インド会社船といった多国籍な船団の検問補助だ。

「……あのアラブ船、止めましょう」

 城壁の上から、レックが低く鋭い声を出した。

 要塞のシャム人の役人が、うだるような暑さに顔をしかめながら聞き返す。

「何を言う!積荷は香料と麻布との申告だぞ」

「喫水線を見てください。船が重たそうに沈んでいる。あんなの、香料や布の重さじゃないでしょう。もっと……そう、底に鉛でも詰まっているような沈み方です、早く停船の信号を送ってください!」

 役人たちが半信半疑で踏み込むと、案の定、麻布の束の下から大量の武器が発見された。

「……次はあの右岸に停泊中のオランダ船です。甲板に置かれた鹿皮の束、並べ方が整い過ぎています。あれは見せたくないものを隠すときの典型的な手口ですよ。皮の下に、申告していない火薬を違法に積み出そうとしています」

 レックの指摘する摘発率は、百発百中だった。

 それは彼がこれまでに調べて来た、アユタヤ王朝時代の論文資料から得た知識――いわば「歴史の答え合わせ」だった。

 この時代のアユタヤでは、オランダ東インド会社が日本向けの鹿皮輸出を独占しようと躍起になっていた。

 だが、彼らの真の狙いは商売だけではない。

 宿敵であるスペイン・ポルトガルの艦隊を叩き潰すための軍需物資を、中立国であるアユタヤをハブにして密かに動かしているのだ。

「いいですか、オランダ人は今、マカオやルソン島《マニラ》のエスパニア拠点を封鎖したがっている。そのための火薬が喉から手が出るほど欲しいはずです。シャムの王室を通さず勝手に火薬を持ち出すのは、この国の主権を愚弄(ぐろう)している証拠ですよ」

 レックの言葉に、シャム人役人の顔色がさっと変わる。

 単なる「不自然な積荷」という違和感に、当時の「欧州勢力同士の対立構造」という国際政治の力学を裏付けとして添えることで、彼の言葉には現代の知識としての重みが加わった。

 レックは知っていた—だがどうしても口は出せない、もっと大事なことを……。

 この小さな密輸の摘発が、やがてオランダと日本人町の摩擦を生み、ひいては長政を窮地に追い込む「外交問題」へと発展していく可能性を。

 摘発の喧騒の中、レックは馬の背から対岸を凝視した。

 そこには、豪華な石造りの商館を構えるオランダ人たちの、冷徹な計算が渦巻いている。

 要塞を預かるシャム人の役人たちは、この「未来のタイ語を話す日本人」を、もはや単なる長政の助手ではなく、見えないものを見通す「未来の賢者」として畏怖し始めた。

 だが、その活躍が目立てば目立つほど、不穏な影も濃くなる。

 要塞の影から、あるいは王宮の回廊から、長政と彼に仕えるレックを疎む廷臣たちの、刺すような視線が常にまとわりついていた。



 非番の日、レックは馬を返すと、夕暮れの日本人町を歩いて「鯰屋」へと戻った。

 懐には、要塞での「手柄」として支給された銀貨が数枚、重みを持って揺れている。

「ハナ、これがお給金だ。お滝さんに渡してくれ」

 店先で仕込みをしていたハナに銀貨を差し出すと、彼女は手を止めて、複雑な表情でそれを見つめた。

 受け取った指先がわずかに震えている。

「あんた、すっかり長政様に気に入られたわね。……でも、町じゃ変な噂ばっかりよ」

「噂?」

「近いうちに長政様は南のリゴールへ飛ばされるって。あんたも、あの人に付いていくんでしょう?」

 リゴール(六昆)―現代のナコンシータマラート県だ。

 レックの頭の中で、かつて取材で目にしたタイの古地図と、歴史の知識が重なる。

 山田長政がリゴール太守に任ぜられるのは、一見すれば栄転だ。

 だがその内実は、王宮内の権力争いから彼を排除するための、狡猾な島流しに等しい。

「リゴールは、アユタヤとは別の国だと思ったほうがいいよ」

 奥から、(すす)けた前掛けを拭いながらお滝が顔を出した。

 その眼光は、要塞の役人よりも鋭くレックを射抜く。

「あそこは熱病と、海賊と、裏切りが渦巻く場所だよ。中央の役人たちが、長政様という“脅威”を恐れて、南の果てへ遠ざけようとしているのさ。……あんた、まさか一緒に行くなんて言わないだろうね」

 お滝の言葉は、単なる警告ではなく、レックをこの店に繋ぎ止めようとする抵抗のようにも聞こえた。

 レックは答えに窮した—歴史の筋書きを知っている。

 長政に付いていけば、いずれ暗殺の渦に巻き込まれるだろう。

 だが、このままこの店で鯰を捌いていれば、やがて来る日本人村の焼き討ちで、この二人が灰に巻かれるのを指をくわえて見ていることになる。

「まだ、決まったわけじゃないですよ、それに長政様から何も頼まれてもいないですし……」

 レックが絞り出すように言うと、ハナは力なく笑い、彼から視線を外した。

「あんたの目は、ときどきここじゃない遠くを見てる。……さ、飯にしましょう。今日はカオトム(ข้าวต้ม)よ。あんたが好きな、紀州の梅干しにイワシの煮干しに、生姜をたっぷり効かせたやつよ」

 出された粥を啜りながら、レックは現代の食卓を思い出していた。

 有希と囲んだ、なんてことのない夕食。

 全身に行き渡る“生きている”という充実感……。

 あの時も、自分は仕事の締め切りや次の取材地のことばかり考えて、目の前の幸せを「当たり前」だと見過ごしていたのではないか。

 ハナの立てる微かな衣擦れの音、お滝が包丁を研ぐ規則正しいリズム。

 この「日常」という脆いガラス細工を守るために、自分は何をすべきか。

 その夜。

 レックが寝床に就こうとした時、表で激しい馬蹄《ばてい》の音が響いた。

 静まり返った日本人町に、場違いな高揚と緊張が走る。

「レック殿、おられるか! 長政様がお呼びだ。今すぐ王宮へ参られたし!」

 使いの浪人武士の叫び声に、レックは飛び起きた。

 ついに、歴史の歯車が音を立てて回り始めたのだ。

 暗闇の中、ハナとお滝の部屋から、微かな吐息と忍び泣くような気配が伝わってきたが、レックは振り返らずに草鞋を履いた。





2. ()(こく)の密会


 深夜の王宮は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、松明(たいまつ)の炎だけが石造りの回廊に不気味な影を落としていた。 

 通されたのは王宮の奥深く、四方を厚いチーク材の壁に囲まれた私的な諮問(しもん)の間だった。

 床には大理石が敷き詰められ、壁には仏教説話を模した極彩色の壁画が、揺れる灯火に照らされて蠢いている。

 中央の豪奢な円卓には、王室の重臣(オークヤー・セーナー・ピモック)の衣装を(まと)った長政が、彫像のように動かず座していた。

 その隣には、眉間に深い(しわ)を刻んだシャム人の高官が一人。

 そしてもう一人、日本人町の重鎮であり、武闘派として知られる津田又左衛門が、抜き身の刀のような鋭い殺気を孕《はら》んで畳ならぬ石床にどっかと胡坐をかいていた。

(リゴール行きの沙汰か……?)

 レックは喉の乾きを覚えながら、冷たい床に膝をついた。

 部屋を支配しているのは、香木の重苦しい香りと、火花の弾ける音だけだ。

 だが、長政の口から出た言葉は、予想に反して例の“浮遊要塞”の話だった。

「レック、夜分にすまぬ。……あのエスパニアのガレオン船のことだ。ポムペット要衝の鼻先に居座りおって、一向に動く気配がない。又左衛門殿は『即刻、火船を放って沈めるべし』と息巻いておられるが、お主はどう見る」

 長政の目は、深夜とは思えないほど鋭く光っている。

 レックは一言も話す間もなく、又左衛門が苛立った口調でレックを睨みつけた。

「何を迷うことがある! 八年前、マカオでの勝利に乗じて遡上してきたエスパニア船を、我ら日本人部隊が焼き払ったことを忘れたか。あの勝利こそが長政様の、我らの地位を揺るぎないものにした。今こそ再び奴らを沈め、エスパニアに奪われた、全ての商権を我らの手に取り戻す好機ではないか!」

 又左衛門の言葉は“正論”だった。

 過去の成功体験に基づいた、最も確実な忠義の意志。

 だが、レックの脳内にある歴史認識は、別の答えを弾き出していた。

 レックは衣を整え、ドキュメンタリーの構成を述べるように冷静に語った。

「……あのガレオン船、沈める必要はありません」

 レックの言葉に、又左衛門が激昂した。

「何だと! 臆したか、小僧!」

「いえ。あの船は、アユタヤを襲撃に来たのではありません。……“ブラフ(威嚇)”ですよ。それも、スペイン、いやエスパニア本国やルソン島からの命令ではなく、あの船の艦長、シルバ司令官独自の焦りによるものです」

 レックは現代で読み耽った大航海時代の欧州の歴史と、当時のスペイン帝国の内情を背景に、大胆な推論を重ねた。

「なんだと?”ブラフ”…いったいなんじゃそれは?」

 長政が首をかしげながら、「ブラフ、ブラフ……」と口の中で音を転がす。

「はい、えーとそれは、つまり“はったり”ですね。本当は戦争を仕掛けるつもりはないのです、単なる“脅し”のつもりなのです」

 何度も小さく頷く長政を横目に見ながら、レックは又左衛門に向き直った。

「又左衛門殿、八年前とは状況が違います。今、エスパニア本国は欧州での“三十年戦争”に忙殺され、アジアへ回す余力は底をつきかけています。あの船は最新鋭に見えますが、船体の塗装が剥げ、帆も継ぎ接ぎが目立ちます。補給が滞っている証拠です」

「補給が滞っている証拠だと?」

 又左衛門は開け放たれた木窓から流れ込む、湿った夜の空気を深く吸い込んで訊き返した。

「はい、彼らはアユタヤに戦争を仕掛けるつもりはないのです。勢力を伸ばすオランダに怯え、失った商権を強引に奪い返そうと、瀬戸際の“チキンレース”を仕掛けているだけです。王朝への脅威ですらありません」

 レックは又左衛門を完璧に“論破”(ろんぱ)したつもりだった。

 だが、今度は「チキン」という単語に、又左衛門はさらに眉を吊り上げた。

「チキン……何だと? 鶏の話などしておらん!」

 レックは思わず舌打ちをしそうになったが、我に返って笑みを浮かべながら言った。

「……失礼。“臆病者比べ”ですよ。こちらが過剰に反応して発砲すれば、彼らの思うツボです。彼らは“自衛”を名目に大義名分を得て、ルソン島の本隊を呼び寄せようとしている。ですが、もしこちらが兵糧攻め……つまり、彼らを“無視”し続ければ一ヶ月も経たずに自滅します。彼らには、長期戦を戦うだけの資金も食料もありません」

 レックの言葉が、高い天井に静かに反響する。

 長政はニヤリと口角を上げた。

 又左衛門の勇猛さよりも、レックの冷徹な状況分析を面白いと取ったのだ。

「聞かれたか、又左衛門殿。この男は、戦わずして敵を追い出すと言っている」

 又左衛門は屈辱に顔を歪めたが、論理的に武装されたレックの言葉に反論する術を持たなかった。

 シャム人の官吏は、鋭い目つきを翳して「ふん」と呟いて顔を逸らし、合掌もせずに部屋を出て行った。

 長政はゆっくりと立ち上がり、小さく深呼吸をして、懐から一通の書状を卓上に広げた。

 部屋の隅、影に溶け込むように座していた二人の武士が、音もなく立ち上がり、部屋の唯一の出入り口である重い扉を内側から閉ざした。

「人払いですか……」

 レックの問いに長政は答えず、(あご)で書状を指した。

「……これを読んでみよ」

 長政の声には、重く乾いた響きがあった。

 卓上の松明が爆ぜ、二人の影が大理石の壁の上で巨大な怪物のように踊っている。

 レックは促されるまま、その墨痕鮮やかな草書体の書状に目を落とした。

 一行ずつ読むにつれ、文字が波打ちレックの心臓の鼓動が高まる。

 まるで戦の早鐘が、静寂を切り裂き鳴り響くかのように……。





3. 軍師のロジック

 書状には、病床に伏せるソンタム王の深刻な容態が、歪んだ筆致で生々しく記されていた。

 レックは一文字ずつ、記憶にある歴史認識と照らし合わせる。

(やはり…ここが分岐点か。歴史は今、この部屋から動き出そうとしている)

 ソンタム王の御身体は、側近が盛った微量の毒によって崩壊しつつある。

 だが、この書状の真に恐ろしい点は病状そのものではない。

 長政が何度も指でなぞったであろうその紙面からは、王宮の奥底に漂うソンタム王“崩御(ほうぎょ)”の臭いが立ち上っていた。

「……ソンタム王は、チェーター王子への継承を望んでおられる。わしに問われたのだ、日ノ本の国ではどうであるかと」

「長政様は……何とお答えに?」

「我が祖国では親子相続こそが筋である、とな」

 レックは息を呑んだ。

 長政が持ち込んだ、日本の“しきたり”が、アユタヤの伝統を覆す大義名分とされようとしている。

「ソンタム王はそれを遺言とされると、シーウォラウォン長官はそれを盾にして、政敵の王弟シーシン親王派を根こそぎ“粛清”するつもりでしょう。その実行部隊として我らを利用する気です」

「……分かっておる。だからこそ、レック、お主に頼みがある。わしの部隊を、単なる“雇われの傭兵(ようへい)”で終わらせたくない。これからは、お主の授ける“ロジック”を以って“日本人義勇隊(ぎゆうたい)”として奮起させる。わしらはただの駒ではないことを示すのだ!」

 傭兵から、義勇隊へ。
 
 それはレックという“軍師(ぐんし)”を得たことで、日本人傭兵隊が高度な「戦略集団《Intelligence Army》」へと脱皮することを意味していた。

 だが、その進化の先に待つ光景を、レックの脳裏にある“未来の記憶”が冷酷に映し出す。

(一六二九年八月五日付、オランダ平戸(ひらど)商館長の書簡……。そこには『新王プラサート・トーンが日本人らを使って高官を多数殺害した』と記録されることになる)

 今の決断が、四百年後には「異邦人によるクーデターへの加担」として断罪される。

 自分が“軍師”として生きれば生きるほど、ハナやお滝との穏やかな日常からは遠ざかり、血文字の公式記録の中へと引きずり込まれていく。

「……長政様。義勇隊を名乗るなら、その返り血は一生消えませんよ」

「構わぬ。我らが泥を被らねば、この日本人町の平穏は買えぬからな。……もうじき夜明けだ。デル・ロサリオ号へ乗り込むぞ!」

 レックは思わず絶句した。

「な……正気ですか! あそこは今、一触即発の火薬庫ですよ」

「だからこそ行くのだ。あの船を沈めるべきだと言った、この又左衛門殿のような頑固爺には見えぬ何かが、お主には映っているはずだ」

 試すような長政の視線に、レックは腹を据えた。

「……交渉相手は艦長のシルバ司令官ではありません。あの船を鏡にして、オランダと王宮にいる“政敵”を揺さぶるのです」

 この乗り込みの狙いは、過去の小競り合いの和睦交渉ではない。

 スペインを逆手に取り、自分たちを“烈火の日本侍兵団”へと押し上げる命懸けのパフォーマンスだ。

 当時、オランダは莫大な『銀』を背景に貿易を独占し、シーウォラウォンら高官へ裏金を流していた。

 長政がスペインという“新たな銀の供給源”とパイプを持てば、シーウォラウォンの権力基盤は長政に握られることになる。

「政敵……シーウォラウォン!」

 二人は揃って声を上げた。

 レックの論理が、四百年の時を超えて共鳴し合う。

「お主、やはり“鯰屋”には惜しい男よ」

 長政がレックの肩を強く掴んだその時、ざざっと重々しく立ち上がる着崩れの音がした。

「……ふん、また呪文か、何たる侮辱!好きになされるがよかろう」
 
 又左衛門は、レックの論理を「戦のいろはも知らぬ者の理屈」と断じ、自らの栄光が“ロジック”という言葉に置き換えられることに嫌悪を隠さなかった。

 彼はレックを無視し、長政に冷え切った視線を向けた。

 そして軽く頭を下げ「御意…」と小さく呟き、一度も振り返らずに広間を去っていった。

 レックは去っていった又左衛門の背中に、言い知れぬ不安を覚えた。

 その疎外感が、やがて長政を泥沼へ引きずり出す真のトリガーになることを、歴史を知るはずのレックもまだ予見できていない。

 窓の外、夜明け前のチャオプラヤ河には、スペインの巨艦が不気味な黒い影を落としていた。
 
 長政は自らの命をチップとして巨大なギャンブルに打って出ようとしている。

 だが、同時にレックを襲ったのは、胸を締めつける焦りだった。

(……まずい。これはやりすぎだ)

 もしこの『ガレオン船外交』が成功してしまえば、長政は歴史の記述を超えた怪物となり、アジア全体の勢力図が塗り替えられてしまう。

 自分は「歴史を破壊する」張本人ではないか。

 自分の指先ひとつで、四百年後の未来が、ハナやお滝の存在すら消し飛ばす『未知の明日』へ変貌してしまう――。
 
 レックは暗闇に浮かぶデル・ロサリオ号を見つめながら、夜の熱気を裂く氷刃のような戦慄を覚えていた……。

(第五章へつづく)
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