空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
──これ以上、聞いていられない。
仄香は視線を落とし、濡れた袖口をまき直しつつ、逃げるように踵を返す。耳を閉じ、再び洗面所の暗がりに戻ろうとしたその時だった。
足を止めざるを得ない言葉が、里穂の口から飛び出した。
「あ、そうそう。今度、拓翔をうちに連れてくることになったから」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。心拍が耳の奥でうるさいほどに鳴り響く。
(え……?)
「そうなの?もしかしてだけど、それって……結婚を見据えたご挨拶ってやつかしら」
「うふふ。お母さんったら〜、気が早いんだから」
満更でもないその言い方とともに、リビングのドアがわずかに開いた。
隙間から漏れる暖かな光の中に立つ里穂と、廊下の暗がりに佇む仄香の視線が、真っ向からぶつかり合う。
里穂の瞳には、勝ち誇ったような悦悦とした色が浮かんでいた。
──『大好きな拓ちゃん。盗っちゃってごめんね?』
声に出さずとも、その目は明らかに仄香の動揺を楽しみ、嘲笑っていた。
「っ……」
仄香は何も言い返せず、ただ黙って姉を見つめるしかなかった。
ずっと会いたいと願っていた。いつか、あの頃の約束を抱えて迎えに来てくれるのではないかと、微かな光を信じていた。
それなのに──やっと巡ってきた再会のきっかけが、姉の恋人としてだなんて。
家じゅうどこを探しても、心の置き場がどこにも見つからない。言葉にできない痛みがジクジクと広がり、視界が滲んでいくのを必死で堪えながら、仄香はただ唇をかみしめていた。