10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「そうだね」
なんとか平静を装って笑ってみせるけど、内心は全然落ち着いていない。
井口が来ないのは、たぶん、私のせいだ。あの日のことが、頭から離れない。井口は、あの時、勢いで言ってしまっただけなんだろうか。それとも、ずっと前から思っていて、あの日たまたま口に出ただけなんだろうか。本当は、言うつもりなんてなかったんじゃないか。
もしそうだとしたら、私はとんでもないものを受け取ってしまったことになる。答えを返していないまま、時間だけが過ぎていくのが怖い。
考えることが多すぎて、何から向き合えばいいのか分からない。社長のこと、自分の気持ち、仕事、そして井口。
ふと、心の奥で小さく呟く。——今日、帰りたくないな。あの家に帰れば、きっと社長がいる。顔を見た瞬間に、何かが決壊してしまいそうで怖い。まだ、何も整理できていないのに。このまま会ったら、また流されてしまう気がする。
そう思っていると、手元のスマホが震えた。画面を見ると、紗耶香からのライン。
〈今日金曜日だし、久しぶりにうち泊まらない?鍋パしようよ!〉
続けて、うさぎが楽しそうに踊っているスタンプが送られてきて、思わず小さく笑ってしまう。
——逃げてるだけかもしれない。
社長には申し訳ないけど、今日は紗耶香の家に泊まらせてもらおう。まだ、自分の中で向き合いきれていないものが多すぎる。このままの状態で社長に会ったら、きっと私はまた、自分を見失ってしまうから。