10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
電話口で状況を整理しながら話を進めるが、相手も引く気はない。契約前の条件を盾にして、金額の修正を求めてきている。なんとか一度通話を切ると、空気が重く沈んだ。
「これ、どうするつもり?」
井口は額に手を当てたまま答える。
「……こっちが折れるしかねーだろ」
「それだと会社の損失になるよ」
「じゃあどうすんだよ」
強い口調。けれどその奥に、余裕のなさが滲んでいる。
「……だから、お前呼んだんだよ」
ぽつりと落ちた言葉に、思わず息を呑む。
「白石なら、なんとかできるかもって思った」
その言い方が、仕事の信頼なのか、それとも——別の意味なのか、分からなくて、返す言葉が出てこない。
「……でも無理そうだな」
苦笑みたいに吐き出したそのときだった。
「——無理だと判断するのが早すぎる」
低く通る声が、背後から落ちる。振り返ると、そこに社長が立っていた。営業フロアの空気が一瞬で張り詰める。
どうしてここに、と思ったのは私だけじゃないはずなのに、その理由を考えるより先に視線が合う。ほんの一瞬だけ、こちらを確認するような目。そのあとすぐに、仕事の顔に戻る。
「状況は」
短く問われて、慌てて資料を差し出す。
「契約書と請求内容に齟齬があって、先方と揉めています」
社長は一通り目を通すと、すぐに結論を出した。