10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



「問題ない」


あまりにもあっさりした一言に、その場の空気が止まる。


「正式契約はこちらだ。口頭の条件は効力を持たない」


迷いのない断定。


「ただし」


そのまま視線が井口に向く。


「営業の詰めが甘いのは事実だ」


言葉が重く落ちる。


「そこは交渉で調整する」


社長はそのままスマホを取り出し、どこかへ連絡を入れる。


「俺だ。この間の件だが——」


数分後。さっきまでのやり取りが嘘みたいに、話はまとまった。条件の一部調整だけで、契約内容はそのまま通る。損失も最小限。通話を終えた社長は、何事もなかったかのようにスマホをしまう。


「これで処理できるな」

「……はい」


遅れて返事をすると、視線が一瞬だけこちらに向く。


「白石、戻れ。後処理は指示出す」


それだけ言って、踵を返す。その背中が見えなくなる直前、ほんのわずかに立ち止まった気がしたのは、気のせいだろうか。残された空気の中で、井口が小さく息を吐く。


「……やっぱ、呼んで正解だったな」


その声はさっきよりもずっと静かで、どこか諦めたようだった。

ぐっと唇をかむ。言わなきゃいけない。ちゃんと、ここで終わらせないといけない。


< 185 / 195 >

この作品をシェア

pagetop