10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
「部下のことも、会社のことも、全部ちゃんと見てる。結果だけじゃなくて、その過程もちゃんと」
あの日のことが頭に浮かぶ。
「…優しい人、だと思う」
「優しい?」
井口が片眉を上げて、信じられないというようにこちらを見る。その反応はもっともだと思う。
それでも私は、小さくこくりと頷いた。
まだほんの少ししか知らない。たった一か月、一緒に働いただけの関係。
それでも――あの人の中にある“何か”を、私は確かに感じていた。
怒られると覚悟していたあの日のことを思い出す。どう考えても叱責される流れだった。
最悪の展開まで想像していたのに、実際に向けられた言葉はまったく違っていた。
『ちゃんと、寝てる?』
低く落ち着いた声で、そう聞かれた瞬間、思考が止まった。
何を言われたのか、一瞬理解できなかったくらいだ。
会社の利益だけを追い求める冷酷な経営者――最初に抱いた印象は、間違いなくそうだった。
だからこそ、あんなふうに、体調を気遣われるなんて、想像すらしていなかった。
あのとき、胸の奥がじんわりと熱くなった理由を、うまく言葉にできないまま今でも引きずっている。