10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない



「部下のことも、会社のことも、全部ちゃんと見てる。結果だけじゃなくて、その過程もちゃんと」


あの日のことが頭に浮かぶ。


「…優しい人、だと思う」

「優しい?」


井口が片眉を上げて、信じられないというようにこちらを見る。その反応はもっともだと思う。

それでも私は、小さくこくりと頷いた。

まだほんの少ししか知らない。たった一か月、一緒に働いただけの関係。

それでも――あの人の中にある“何か”を、私は確かに感じていた。


怒られると覚悟していたあの日のことを思い出す。どう考えても叱責される流れだった。

最悪の展開まで想像していたのに、実際に向けられた言葉はまったく違っていた。


『ちゃんと、寝てる?』


低く落ち着いた声で、そう聞かれた瞬間、思考が止まった。

何を言われたのか、一瞬理解できなかったくらいだ。

会社の利益だけを追い求める冷酷な経営者――最初に抱いた印象は、間違いなくそうだった。

だからこそ、あんなふうに、体調を気遣われるなんて、想像すらしていなかった。

あのとき、胸の奥がじんわりと熱くなった理由を、うまく言葉にできないまま今でも引きずっている。


< 43 / 195 >

この作品をシェア

pagetop