10年越しの溺愛——御曹司は私を逃さない
経理の仕事は好きだ。単調だと言われても、数字がぴたりと合ったときのあの小さな達成感が、何よりも自分を支えていた。いやだと思ったことなんて、一度もない。
それなのに、社長秘書だなんて——想像しただけで胃が痛くなる。
そんなの、私にできるはずがない。だから私は、ほとんど反射みたいに答えていた。
「……一緒に、住みます」と。
その瞬間、もう後戻りはできなくなったのに、不思議と後悔よりも先に、胸の奥に広がったのは得体の知れない緊張と、ほんの少しの——怖さだった。
朝ぶりに足を踏み入れた社長の部屋は、当然ながら何ひとつ変わっていなかった。
整いすぎた空間、無駄のない家具の配置、生活感の薄い静けさ。
でも、決定的に違うのは——今隣に、黒崎社長がいることだった。
それだけで、空気の重さが変わる。息をするのさえ意識しないといけないくらい、胸の奥がざわついて落ち着かない。
「部屋は、余ってる。好きに使っていい。風呂入りたいなら入ればいいし、とにかく今日はもう外に出るな」
低くてぶっきらぼうな声が、静かな室内に落ちる。
命令のようでいて、でもどこかそれだけじゃない響きが混ざっている気がして、余計に戸惑う。
「分かったな?」
一歩、距離を詰められる。逃げ場を塞ぐようなその圧に、思わず背筋が伸びた。
なんだろう、この感じ。まるで保護者に言い聞かせられている子どもみたいだ、と頭のどこかで冷静に考えている自分がいる。