社長、その溺愛は計算外です
「突然で、申し訳ないんだが……エレガンス・コレクションとの長期契約の件だ」
それは、私が数ヶ月前から準備を進めてきた案件だった。老舗アパレル企業との、三年間にわたる包括的なDX支援契約。
先週、先方から「新谷さんにお任せしたい」と前向きな返事をもらったばかりだ。
「新谷、すまないが……そのプロジェクトの主担当を、中島主任に代わってもらうことになった。上層部からの決定だ」
「え?」
頭を、鈍器で殴られたような衝撃が走った。
指先が冷たくなり、持っていた手帳の角が掌に深く食い込む。
「私に何か問題がありましたか? プロジェクトの進行に、不備が?」
「いや、そういうわけじゃない。新谷の仕事ぶりは、完璧だ。……だが、先方から『体制の見直し』を打診された。桐原グループとの今後の関係を考慮して、という話だ」
「桐原」という名が出た瞬間、心臓が跳ねた。
麗華さんの言葉が、頭の中で繰り返される。
『桐原会長は、グループの行く末を非常に重視されています。圭佑さんの周辺については、常に把握されているとお考えください』
「これは、私の一存で決められることじゃないんだよ」
部長も、板挟みになっているんだ。
「分かりました。他のプロジェクトに、専念させていただきます」
部長室を出た廊下で、私はゆっくりと息を吐いた。
圭佑さんのせいだとは思わない。でも、思わないと必死に打ち消している自分が、どこかみっともなかった。
この世界の広さを、私は甘く見ていた。
桐原会長が、動いている。圭佑さんと私を引き離すために。