社長、その溺愛は計算外です

顔を上げると、桐原さんが正面を見つめていた。

表情は変わっていない。ただ、空気だけが、一度だけ鋭く張り詰めた。

「申し訳ございません。時間の関係で、次の議題に移らせていただけますでしょうか」

いつもより、低い声だった。

まさか、あれは──いや、考えすぎだ。

仕事の場で感情を持ち込むのは、私のルールに反する。そう言い聞かせながらも、口元がわずかに緩んでいた。

会議は滞りなく進み、予定通り正午前に終了した。

「本日はありがとうございました。次回の打ち合わせは、来週の火曜日でよろしいでしょうか」

私が確認すると、桐原さんは頷いた。

「はい。それでは、またご連絡させていただきます」

彼は立ち上がり、会議室を出る前に私へ目を向けた。何か言いたげな表情。だが、周囲に人がいる手前、何も言えない様子。

エレベーターのドアが閉まり、彼の姿が見えなくなった。

──言いたかったこと、何だったんだろう。

小さな疑問が、胸の中に残った。



「お疲れ様でした、新谷さん。今日の提案、クライアントの反応も良好でしたね」

中島主任が声をかけてくる。

「お疲れ様です。そうですね、来週も……」

ブルルルル。

ポケットの中で、スマホが激しく振動した。部下の西田くんからの着信だった。

何の用だろう。

「失礼します」

廊下の隅に移動して、私は電話に出た。

「はい、新谷です」

『新谷さん、大変です!』

西田くんの切羽詰まった声が、スマホから飛び出してくる。
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