社長、その溺愛は計算外です
「桐原社長! まだいらっしゃったんですか?」
「少し確認したいことがあって、戻ってきたんです」
彼は私の表情を一瞬見て、すぐに何かを察したようだった。
その直前、ほんの一瞬だけ言葉を探すような間があった。
『確認したいこと』が何なのか、自分でもうまく言語化できていないような、珍しい表情。
「何かあったのですか?」
その声には、いつものビジネスライクな距離感とは違う、個人的な心配が込められていた。
「緊急事態が発生しまして……」
私は状況を簡潔に説明した。
決済システムに、深刻な不具合が発生したこと。水曜日のオープンまで、三十六時間もないこと。
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。早急に解決し、来週の御社との会議には影響がないようにしますので」
深く頭を下げた瞬間、私の肩に温かな手が置かれた。
「謝らないでください」
彼の声が、静かに響く。
「そのECサイトの決済システム、確かうちの会社が開発した認証モジュールを使っていますよね?」
「ええ」
「自社のモジュールが絡む不具合を、把握せずに帰るわけにはいきません」
一拍、置いて。
「……それに、君の案件だから」
最後の一言だけ、言葉の質が変わった。
ビジネスの説明とは、明らかに違う重さで落ちてくる。