諦めた恋心に想いを寄せる

第一章






 桜の舞う季節。
     

 その光景を見るだけで、私は初恋を思い出してしまう。
 

 晴れて、私は高校一年生になりました。


 「…栞っ、一緒のクラスになれて嬉しい!」


 私の親友の石川舞(いしかわまい)は、はしゃぐ。


 舞は小学生の頃からの親友で、美人で性格もよく陽キャだ。


 髪は黒髪ストレートで肩くらいに短く切りそろえてある。
 少し長い前髪は私があげたヘアピンで留めてある。


 そんな舞は、私の初恋の一ノ瀬暁(いちのせあきら)くんの好きな人だ。


 私はというと、舞とは反対で茶髪が混じり天然パーマがかかっており腰くらいの長さだ。
 長い髪は、舞からもらった桃色の細めのリボンで低い位置に結んでいる。
 前髪は、目元で綺麗に切りそろえている。性格も舞ほど良くは無いし、美人でもない。
 いわゆる、陰キャと言うやつだろう。


 「…そうだね、舞。私も嬉しい」


 私は、舞に微笑む。


 「ん?なんか…栞、元気なないね」


 舞は、心配そうに私の顔を覗き込む。


 「んー。そんなことないよ」


 笑顔を取り繕って、私は言う。

 
「…あっ!もしかして…」


 舞が耳打ちに私に言う。


 「…一ノ瀬くんがいることでしょ」


 と。


 「…もう、その話はしなくていいよ」

 
 遡りそうになる記憶をシャットアウトする。


 掘り起こさないでほしい。


 「…ごめんごめん。なんか嫌な記憶、思い出させちゃったね」
  

 舞が手をパチンッと合わせて謝る。


 「…一ノ瀬くん、すごくかっこよくなったんだよ。小学生の頃とは比べ物にならないくらい。
 中学生の頃はかっこよさとかわいさが混ざってたんだよ!」


 「…そうなんだ」


 私は、一人だけ違う中学校に通ったのだ。


 その理由は聞かなくてもわかると思う。


 私が一ノ瀬くんから逃げたかっただけなのだ。


 「…私、一ノ瀬くんに告ってみようかなぁ?」


 舞が「うーん」と悩みながら言う。


 その瞬間、私の心の奥底がズキッと痛む。


 ――早く…、早く付き合ってしまえばいいのに。
 そうしたら、楽になれるのに。


 黒いもやみたいな、悪い感情が頭をよぎる。


 「…栞、顔青いよ?どうしたの?」
 

 舞が心配した顔でこちらを見る。


 「あー、何もないよ」

 
 また、笑顔を取り繕う。
 

 「…栞っ、もしかして――」


 「――一ノ瀬くんっ!」


 どこかの女子が廊下で叫び、舞の声が聞こえなくなる。


 「何か言った?」
  

 私は、聞こえないフリをする。


 「ううん、なんでもないよ」


 舞が苦笑いをして、首を振る。


 「一ノ瀬くんだ!」

 
 「ガチイケメンなんですけど」


 「国宝級だろ」


 「こんなイケメンいたんだ…」

 
 クラスの中までこの声が聞こえてくる。


 うるさい…。
     

 耳を塞ぎそうになったそのとき、声が聞こえた。

 
 「黙ってくんねぇ?うっさいんだけど」


 あのときの声がする。
 いや、少し声が低くなっているかもしれない。


 透き通っていて、よく響く声。


 一ノ瀬くんだ。

 その声を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねる。


 「―変わってないじゃん」


 はっ、と小さく笑う。


 一ノ瀬くん、あのときのまんまだ。


 変わって無くて少し安心する。


 「…ご、ごめんね。一ノ瀬くん」

 
 どこかの陽キャ女子が謝る。

 
 「…いや、俺に謝られても」


 一ノ瀬くんが、頭を掻きながら言う。


 「…え?」


 謝った女子は困惑する。


 「だからさ、俺じゃなくて…、周りの人がうるせえって思ってんだよ」


 一ノ瀬くんが、面倒くさそうに言う。


 「は?そんなん、どうだっていいじゃん。皆、一ノ瀬くんが来て嬉しいと思ってるよ。
 叫びたくなるほどに。何がおかしいの?」


 クラスの中心的な立場になりそうな女子に論破された。


 「…あっそ。んじゃ、煩わしい女になるんだ」


 一ノ瀬くんが、ははっと笑いながら廊下を歩いてくる。
     

 「――一ノ瀬くんだよ、栞っ」


 舞が、興奮気味に私に耳打ちしてくる。


 「…分かってるよ」


 落ち着き気味にいう私だが、心はうるさいほど飛び跳ねている。


 そのまま一ノ瀬くんは通り過ぎて行き、隣の教室に入った。


 「…かっこよかったねぇ」


 舞は、まだ見惚れているみたいだった。


 「そう?普通じゃない?」


 私は、落ち着いて言う。


 「ほんと…栞ってば、そんな感じで言ってー」


 舞は、頬を膨らませて私を見る。


 「私、あの人嫌いだから」


 とっさに口を開いて言葉を発す。


 何か言い訳しなくては、と。


 その声を聞いた瞬間、舞は目を見開いて、驚く。
     

 「そっか」


 その声はとても優しくて、私の耳に響いた。


 舞はきっと、分かっているはずだ。


 私が、一ノ瀬くんのことをまだ好きなことを。


 「栞。今日、一緒に帰ろ」

 
 舞は、私を見て笑う。


 「うん」
 

 私は、頷く。


 舞は、本当にいい子だと何回も思う。


 こんな子が好かれるんだな、と。





 
 「帰ろっ!栞」
     

 目の前に、舞がドアップでいきなり出てくる。


 「―っわ!」


 私は驚いて、体を後ろに引く。


 その反動で、私が座っていた椅子が大きく音を立てる。


 「ごめんごめん。びっくりしちゃったよね」

 舞が笑う。


 「私も、ごめん。ぼーっとしてた」


 私も舞につられて笑う。


 「帰ろっか」


 ひとしきり笑った後に、目じりからこぼれた涙を拭って舞が言う。


 「うん」


 目じりからこぼれた涙を拭って、私は頷く。


 「でね、…」


 舞の話はいつも面白い。
 聞くだけで元気が出てくるほどに。


 靴箱にスリッパを入れ、スニーカーに履き替える。


 昇降口から出るといきなり、運動場から歓声が聞こえた。


 「…あぁ、サッカー部か」


 舞が運動場を見ながら呟く。
    

 とは言っても、実際には運動場に人が多くて見えないのだが。


 「一ノ瀬くんは、ファンが多いねぇ」

 
 舞が、優しい目で見る。


 いや、あなたもですけど。
 そうツッコミたくなる気持ちを抑えて言う。


 「…その分、うるさいけどね」


 私は、ボソリと呟く。


 「…まぁまぁ。しょうがないと思いなよ」


 舞が、苦笑いをしながら言う。

   
 私たちは、歓声が響く運動場の横を通って校門へと足を運ぶ。


 「―一ノ瀬くーん!」
     
 
 「―かっこいーっ!」

 
 舞の話が聞こえないほど、歓声がうるさい。


 校門を出てもまだ歓声が耳に届く。

 
 歓声が遠い向こうへと消えていったとき私は言う。


 「舞はさ、なんの部活に入るの?」


 夕日が沈みかけ、二人の影が黒く染まり始める。


 「うーん…悩み中。栞は?」
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