Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-
「…蒼は、本当に何も食べないの?」
保存食の甘い果実を咀嚼しながら、私は隣で目を閉じている蒼に問いかけた。
彼は薄目を開け、面倒そうに私を一瞥する。
「言っただろ。俺たちはこの世界の“光”を摂り込めば十分だ。…お前たち人間のように、何かを殺して腹を満たす必要はない」
「殺してって……言い方」
少しムッとしたけれど、彼にとってはそれが真実なのだろう。
私は手元に残った果実の種を見つめた。
「私の世界じゃ、誰かと一緒にご飯を食べるのは、仲良くなるための大事な行事なんだよ」
「……仲良くなる?」
蒼が怪訝そうに眉をひそめる。
「そう。美味しいねって言い合ったり、昨日あったことを話したり。…私は、最近ずっと一人だったから、忘れてたけど」
ふと、職場のバックヤードで、賞味期限切れ間近のパンを急いで口に詰め込んでいた自分を思い出す。
あの時、私の心はどこにもなかった。
でも今は、隣に毒舌で不愛想な「誰か」がいる。
それだけで、この見知らぬ果実が泣きたくなるほど美味しく感じられた。
「……変な奴」
蒼は吐き捨てるように言ったけれど、その手は静かに動いていた。
彼が指先をパチンと鳴らすと、暖炉にポッと柔らかな火が灯る。
「わっ、……びっくりした」
「……冷えるだろ。人間は体温調節もまともにできないんだから、手間がかかる」
文句を言いながらも、彼は火の粉が飛ばないよう、私の足元に古びた毛布を投げた。
それは、彼が使っているものなのか、かすかに冷たい雨のような、でも落ち着く香りがした。
「……ありがとう」
毛布にくるまると、じんわりと温かさが広がっていく。
蒼は火を見つめたまま、動かない。
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