Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-
彼は私の涙を拭うことさえ忘れ、ただ呆然と私を見下ろしている。
私は今まで、どんな理不尽な事だって仕事なら淡々と受け入れ、処理してきた。
感情を殺すことは、私の得意分野だったはずなのに。
けれど、これだけは違う。
どうしても、譲れない。
……私は、こんなにも聞き分けの悪い人間ではなかったはずだ。
それでも心臓が痛いほど高鳴るのは、私の理性が、彼を失うことへの恐怖で悲鳴を上げているからだ。
私は祈るように、ただ彼を見つめ返した。
彼の決意が揺らぐ音が聞こえた。
「……紬、分かってくれ……紬は消える必要なんて、無いんだ」
彼は苦しげに顔を歪めると、私を抱きしめる腕の力を、骨が軋むほどに強めた。
突き放したいのに、愛おしくて離せない。
そんな彼の矛盾が、抱きしめ合う二人の身体の震えを通して、痛いほど伝わってくる。
「……お前は、俺をこんなにも弱くさせる。俺をどこまでも狂わせる」
彼は私の髪に顔を埋め、まるで泣き出しそうな声で、私の名を何度も呼んだ。
けれど、彼が私の手を離そうとしないことだけは確かだった。
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