Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-
「……強欲だな、紬は」
激昂していたはずの蒼の声は、嘘のように穏やかになっていた。
彼は私の肩に頭を乗せ、まるで愛しい恋人を寝かしつけるような手つきで、私の背中を何度もゆっくりと撫でる。
「……死ぬことすら許さないなんて。俺の魂の半分は、ずっとお前と一緒だというのに」
「……だって!!!」
私が泣きじゃくりながら胸元に顔を埋めると、蒼はふっと短く笑った。
その笑い声が、胸の振動として直接心臓に伝わってくる。
「……紬、聞いてくれ」
彼は私の顎を優しく掬い上げると、額を合わせて静かに見つめ合った。
彼の瞳には、もう別れの悲壮感はない。
ただ、目の前の私を慈しむような、とろけるほど甘い光だけが宿っている。
「……元の世界へ帰ることは、俺を捨てることじゃないんだ。お前の中に俺を連れて帰るんだ。お前が呼吸するたび、お前が笑うたび、俺もその一部としてお前の中で生き続ける」
彼は私の頬をゆっくりと撫で、その親指で涙を拭う。
その仕草があまりにも優しくて、私は息を呑んだ。
「……俺の命を、お前の人生の一部に混ぜてくれないか? そうすれば、俺たちはどこまでいっても一緒だ。不完全な俺たちだけれど、お前が俺を覚えていてくれるなら、俺は永遠に……お前のものだ」
「……蒼……っ」
「…お願いだから、俺が最期に渡すこの“日常”を、笑って受け取ってくれないか?」
彼は私の髪を耳にかけ、首筋の紋章があった場所へ、深く、長く、祈るようなキスを落とした。
彼の唇の温もりが、肌から神経を伝って、心臓の奥まで甘く染み込んでいく。
街の外では歪みが悲鳴を上げているけれど、この腕の中は世界で一番静かで、温かい。
彼は私の背中を抱きしめ、何度も何度も、名前を呼んでは私の唇に自分の唇を重ねた。
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