恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
押しつけではない。
けれど、逃げ道でもない。
幸子は、ゆっくりと息を吐いた。
「知るところからか……」
その言葉を、心の中でなぞる。
「ちょっと、複雑な気分だけど……でも、知らないままにより……いい気がする」
祖母は、小さく頷いた。
「そうね。それに――」
ほんの少しだけ、いたずらっぽく目を細める。
「一人じゃないんでしょう?」
その一言に、思わず息が詰まる。
浮かぶのは、さっきの腕の温もり。
名前を呼ばれたときの声。
「……うん」
祖母は、やわらかく微笑んだ。
「じゃあ、大丈夫よ」
その言葉は、驚くほどあっさりしていた。
「全部一人で背負わなくていいってだけで、人はずいぶん楽になるものよ」
幸子は、ゆっくりと頷いた。
どう向き合えばいいのか、その形だけは、少し見えた気がした。
そのときだった。
足元に、やわらかな気配が触れる。
「……ミルク」
小さな体が、すり寄ってくる。
何も知らないまま、ただそこにいる存在。
幸子はゆっくりとしゃがみ込み、その背中にそっと手を伸ばした。
やわらかな毛並みが、指先に触れる。
「……あったかい」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
ミルクは、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら、その場に丸くなる。
その温もりに触れているうちに、張りつめていた心が、少しずつほどけていくのがわかった。
「ねえ、おばあちゃん。私……ちゃんと、知ろうと思う」
ぽつりと、言葉が落ちる。
祖母は、静かに頷いた。
「それでいいのよ」
その一言で、背中を押された気がした。