恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
松澤は小さく息を吐く。

「母さんは、かなり厳しい」

「……はい」

「特に身内には容赦がない」

淡々と言っているのに、その声には微妙に疲れた響きが混じっていた。
幸子は思わず、ふっと笑いそうになる。

「先生、智代さんのこと苦手なんですか?」

すると松澤は、少しだけ眉を寄せた。

「苦手というより……面倒だ」

即答だった。
その珍しい言い方がおかしくて、幸子は吹き出してしまう。

「ふふ……」

「笑うな」

「だって、先生がそんな顔するなんて」

松澤は不服そうに視線を逸らした。
けれど、その横顔にはどこか“慣れた諦め”のようなものが滲んでいる。
きっと昔から、うまく噛み合わない親子だったのだろう。
厳しい母親と、何も言わず抱え込む息子。
どちらも不器用で、だからこそ、少しずつすれ違ってしまった。

けれど、幸子にはわかる。
智代が松澤を見る目は、決して冷たいものではなかった。
あれは、“愛情がない人”の目じゃない。

この人は、きっと愛されて育ってきたのだ。
ただ、その伝え方が、少し不器用だっただけで。

「……でも」

幸子は、やわらかく言葉を続ける。

「智代さん、先生のこと大好きですよね」

その瞬間、松澤が露骨に顔をしかめた。

「どこを見てそう思った」

「ちゃんと見てたらわかります」

ホテルで倒れた男性に駆け寄った松澤の話をするときの、智代の声。
あれは呆れではなく、誇らしさだった。

「だから、ちゃんと相談したいんです。……これから家族になる人として」

幸子は、静かに笑う。
その言葉に、松澤はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。

「……お前、時々妙に肝が据わってるな」

「先生ほどじゃないです」

そう返すと、松澤はとうとう小さく笑った。

その空気が、なんだか嬉しかった。
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