恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
いくつもの想いが重なり合う。
やがて幸子は、小さく息を吸った。

「……嬉しいです」

ぽつり、と言葉が落ちる。
智代の目が、静かにやわらぐ。
幸子は、少しだけ困ったように笑った。

「まだ……正直、どう接したらいいのか、わからない部分もあります」

素直に言葉を続ける。

「でも、来てほしくないとは、思いませんでした」

その一言は、幸子自身にとっても大きかった。

拒絶ではない。
逃げでもない。
ちゃんと、これからを考えている言葉だった。

智代はしばらく何も言わなかった。
やがて、静かに目を細める。

「……そう。きっと、真田先生も喜ばれるわ」

その優しい声の響きに、幸子は柔らかな笑みを浮かべた。

けれど同時に、胸の奥では、まだ小さな迷いも揺れていた。

“父親”。

その言葉は、幸子にとってあまりにも突然だった。

今まで、いないのが当たり前だった存在。
だからこそ、急に“家族”と言われても、どう距離を縮めればいいのかわからない。

けれど、幸子は、ふと以前見た真田の横顔を思い出す。

自分の話を聞くときの、どこか苦しそうな目。
それでも、決して無理に踏み込もうとはしなかった優しさ。

(……逃げたくない)

静かに、そう思った。
ちゃんと向き合いたい。

知りたいと思った。

父親として、ではなくてもいい。
まずは、一人の人として。

そこから始めてみたい。

幸子は、そっと紅茶のカップを包み込む。

そのぬくもりが、不思議と今の気持ちに似ていた。

まだ少し熱くて、触れるのに勇気がいる。
けれど、ちゃんと手の中にある。

幸子はゆっくりと顔を上げた。

「……私、ちゃんと真田先生と話してみます」

その声は小さかった。
けれど、迷いだけではない、確かな決意も宿っていた。
< 203 / 223 >

この作品をシェア

pagetop