恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
淡々と指摘した松澤だったが、それだけで場の空気が引き締まる。

「すみません」
「し、失礼します」

同僚たちは慌てて道を空け、その場から離れていった。
残されたのは、幸子と松澤だけ。
短い沈黙が落ちる。
幸子は思わず視線を下げた。

「……すみません」

何に対しての謝罪か、自分でもわからないまま、言葉がこぼれる。
松澤は一歩だけ近づき、静かに言った。

「大丈夫か?気にするな」

優しさを含んだ声色が胸に落ちる。
もしかして、かばってくれたのでは?という思いが胸を過る。
顔を上げると、視線が合う。
ほんの一瞬。
その眼差しが、わずかにやわらいだ気がした。

次の瞬間には、もういつもの表情に戻っている。

「これ、頼む」

カルテを差し出される。

「はい」

受け取ると、指先がほんのわずかに触れ、その温もりが一瞬だけ残った。
それだけで、心臓が跳ねる。
松澤は何事もなかったかのように歩き去っていく。

その背中を見送りながら、幸子はしばらくその場に立ち尽くしていた。

今のは、ただの注意だったのか。
それとも……。

考えようとして、やめる。

答えを出してしまうのが、少し怖かった。

けれど、胸の奥に残ったものは、先ほどとは違っていた。

痛みではなく、ほんのわずかなあたたかさ。
それが消えないまま、静かに燻り続けていた。
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