恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
隠れ家的なレストラン。
案内された席に腰を下ろした瞬間、幸子はそっと視線を走らせた。

店内は落ち着いた照明に包まれ、柔らかな音楽が静かに流れている。
他の客席からの視線を感じることもなかった。

幸子は、ホッと息をつく。

席はゆるやかに仕切られていて、完全な個室ではないのに、隣の様子がほとんど気にならない作りになっている。
人の気配はあるのに、視線は届かない。

不思議と、肩の力が抜けた。

こんな場所なら、無理に取り繕わなくてもいい気がする。

そのとき、ふと気づく。
ここは、ただ高級なだけの店ではない。
人目を気にせず、落ち着いて過ごせる場所だ。

もしかして……。
視線を上げると、向かいに座る松澤が、いつも通りの無表情でメニューを開いている。

彼は何も言わない。
けれど、その何気ない態度で、逆に確信を強くした。
居心地よくいられる場所を、最初から選んでくれていたのだと。

胸の奥に、じんわりとあたたかいものが広がる。

言葉にはしないけれど、それは自分への気遣いなのだとわかった。

しかし、ウェイターから渡されたメニューを何気なく開いた。その瞬間、幸子の指先がぴたりと止まった。

料理名は、書かれている。
けれど、呪文みたいに見えて、何の料理なのか良くわからない。
そして、その横にあるはず値段が、書かれていなかった。
いくら目を凝らしても、どこにも見当たらない。
胸の奥が、ひゅっと縮む。
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