恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
幸子が、その言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

「……ご馳走、ですか?」

「この前の飯の御礼に」

短く言われて、ようやく思い出す。
自分の家で出した食事のこと。

「あれは……そんな」

むしろ、お礼を言われるようなものではない。
そう思ってしまうのに、松澤は軽く首を振った。

「美味かった。だから、これはその返しだ」

その言葉に、胸の奥が少しだけ熱を持つ。

「でも……」

それでもなお、ためらいが残る。
すると松澤は、ほんのわずかに視線を寄越す。

「嫌か」

その声音は思っていたよりも静かで、強く押しつけるものではなかった。
その分だけ、答えを委ねられている気がしてしまう。
幸子は一瞬だけ視線を揺らし、それから小さく首を振った。

「……いえ」

本当は、少しだけ怖い。
でもそれ以上に、断りたくないと思ってしまった。

「じゃあ行くぞ」

それだけ言って、松澤は再び歩き出す。
その背中を見ながら、幸子は小さく息を吐いた。
気づかないふりをしていた気持ちが、少しずつ輪郭を持ち始めている。

そのことに戸惑いながらも、足は前へと進んでいた。
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