恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
そんな幸子の様子を見て、松澤は軽くメニューに視線を落とし、指先で軽くなぞりながら言う。

「魚なら、これがいい」

示されたのは、Sole meunière(ソール・ムニエル)シンプルな調理法の一皿だった。

「味付けが重くないから、食べやすい」

その内容はわかりやすくて、余計な気負いを取り払ってくれる。
続けて、ページをめくり、Confit de canard(鴨のコンフィ)を指さす。

「肉なら、こっちだな。表面はカリッとしているが、中はジューシーで美味いと思う」

“無理しなくていい”と、言葉にしないまま伝えてくる。
その気遣いに、戸惑いが、少しずつほどけていく。

「あと、これも悪くない」

もう一つ、軽めの料理を示す。

「Œufs Mimosa(ウフ・ミモザ)卵料理だ。前菜にちょうどいい」

選択肢を与えながら、迷いすぎないように道筋を作ってくれる。
そのさりげなさに、幸子はようやく小さく息を吐いた。

メニューを見下ろす。
さっきまで、ただ“わからないもの”だった文字が、少しだけ意味を持って見えてきた。

「……じゃあ」

指先が、さっきオススメされた料理の上で止まる。

「このお魚、お願いしてもいいですか」

顔を上げて訊ねると、松澤は軽く頷いた。

「もちろん」

その余計な言葉のない返事に、幸子はふっと微笑んだ。

間違っていないのだと、そう思えたから。

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