恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
規則正しく、迷いのない足取り。
自然と、周囲の空気が少しだけ引き締まる。
白衣の裾が視界に入る。

松澤克樹。

いつもと変わらない表情で、こちらへ歩いてくる。
胸が、わずかに強く打った。
けれど、すぐに視線を落とす。

見てはいけない気がした。
期待してしまいそうになるから。

「倉田」

名前を呼ばれる。
その声音は、いつもと同じはずなのに、妙に近く感じた。

「……はい」

顔を上げる。
けれど視線は、ほんの一瞬しか合わせなかった。
すぐに逸らしてしまう。

「これ、至急で回してほしい」

差し出されたファイルを受け取る。

指先が触れそうになって、わずかに距離を取る。
ほんの小さな動き。
けれど自分でもわかるくらい、不自然だった。

「……わかりました」

声が、少しだけ硬くなる。
それ以上の言葉を続けないように、意識してしまう。
沈黙が落ちる。
本来なら、ここで終わるはずのやり取り。

けれど松澤は、すぐには動かなかった。
こちらを見ている気配がある。

その視線を感じながらも、幸子は顔を上げなかった。

見てしまえば、何かが崩れてしまいそうで。
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