思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
「……そう、なんだ」

小さく頷く。その未来を、私は知らない。

約束も、想いも、全部失っている。

それでも。

「……ごめんなさい」

思わず、そう言っていた。

「忘れてしまって」

すると、祐樹は少しだけ笑った。

「いいよ。仕方ないだろ」

そう言って、繋いだ手にわずかに力を込める。

「これからまた、作ればいい」

その言葉に、胸が少しだけ軽くなった。

過去がなくても。今からやり直せばいい。

そう思えば、前を向ける気がする。

「……はい」

素直に頷く。隣にいるこの人を、信じよう。

この人が、私の恋人。そう思えば、きっと大丈夫。

けれど、歩きながら、ふと気づく。

繋いだ手は、温かいのに。

胸の奥は――どこか、静かなままだった。
< 36 / 89 >

この作品をシェア

pagetop