思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
その日の夕方、社長室に書類を持って入った。

「失礼します」

いつものように声をかけると、社長は顔を上げた。

「……ああ」

短く返事をして、すぐに書類へ視線を落とす。

静かな空気。けれど、以前ほどの緊張はなかった。

「最近、残業しなくなったな」

ふいに、そう言われる。

少しだけ意外な言葉だった。

「はい」

私は素直に頷いた。

「実は……彼氏が、また側にいてくれるようになって」

その瞬間、社長の手が、ぴたりと止まった。

ペン先が紙の上で止まり、空気がわずかに張り詰める。

「……え?」

顔を上げる。その表情に、はっきりとした動揺が浮かんでいた。

今まで見たことのない、崩れた顔。

「祐樹って言うんです」

言葉を続ける。

「もう三年も付き合っていたみたいで……」
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