捨てたものに用なんかないでしょう?

16  愚か者たちの浅はかな考え

 リミアリアが穏やかに話をしていた頃、アドルファスとエマオの話し合いも終わりに向けて動いていた。
 テーブルの上に置かれた書類に目を通したエマオは、動揺を悟られないように笑顔を作って答える。

「私がわざと部下を殺すわけがないでしょう。たまたま敵と間違えて殺してしまっただけです。申し訳ないことをしたと思いますが、たまたま部下が敵の近くにいただけですよ」
「間違うことはあるだろう。だが、間違う回数が多すぎるし、目撃者は明らかに味方だとわかっていた様子だったと証言している。それに、自分も殺されかけたと言う奴らもいるんだ。無視できる話じゃない」
「アドルファス殿下! あなたは伯爵である私ではなく、平民の言葉を信じるのですか!」

(俺が故意に殺したという証拠はない。それにしても、口止めをしたのに話した奴らがいるんだな。全員、殺しておけば良かった)

 黒い感情を表に出さないように心がけ、エマオは悲しんでいる表情を見せた。
 そんなエマオにアドルファスは、冷たい目を向ける。

「真実を述べることに、貴族も平民も関係ない。貴族だって平気で嘘をつく人間はいるからな」
「わ、私は嘘などついていません」

 もし、罪を認めれば自分がどうなるかくらい、エマオにもわかっている。

(ここは関係者に再度口止めをするしかないか)

 エマオは心当たりのある部下たちを探し出し、余計なことを言うなと脅そうと考えた。
 リミアリアのことは、形だけの謝罪をして許してもらおうと勝手に決めた。
 そして、アドルファスにエマオは悪い人間ではないと伝えてもらおうと考えた。

(フラワが言うには、リミアリアには居場所がない。今はアドルファス殿下の世話になっているのかもしれないが、いつまでも頼っていられないだろう。俺が手を差し伸べれば泣きついてくるはずだ)

 エマオはリミアリアについて、フラワから聞いた嘘の情報しか知らない。一般の女性のように情に訴えれば許してくれるだろうとエマオは思い込んでいた。
 まずは、リミアリアと話したいが、彼女からの手紙をまだ読んでいないエマオは、彼女がどこにいるかわからない。
 とにかく、会って話したいと、再度アドルファスに伝えることにした。

「あの、アドルファス殿下、こんな嘘の情報のことよりも、リミアリアの居場所を教えていただけませんか」
「さっきも言っただろう? 教えるつもりはない。大体、会ってどうするつもりだ?」
「もちろん、謝ろうと思います。彼女が望むなら再婚してもいいと思っています」

 再婚の話は嘘だった。ただ、アドルファスの機嫌を取るつもりでいた。
 しかし、それは逆効果だった。

「再婚? リミアリアがお前と再婚なんてするわけないだろ。それよりもこの報告書に書かれていることは嘘だと言うんだな?」

 アドルファスから殺気を感じたエマオは、焦った顔で首を縦に振った。

「そ、そうです! 私の功績に嫉妬した部下たちの嘘です!」

(どうして、アドルファス殿下は突然怒り出したんだ!?)

 困惑しているエマオを一瞥し、アドルファスは勢いよく立ち上がった。

「お前の言い分はわかった。証拠もなしに決めつけたら、お前がリミアリアにやったことと同じになる。改めて詳しく調べさせてもらう」
「あ、あの、アドルファス殿下、今回の戦争での活躍に対して褒章はいただけるのでしょうか?」

 望みを叶えてもらえるというのであれば、今回の噂を消してもらう。
 そう考えていたが甘かった。
 アドルファスはエマオを見下ろして告げる。

「お前に褒章をという話はあった。だが、私(し)怨(えん)で部下を殺したかもしれないという噂がある奴には渡せない」
「そんな……!」
「一つ忠告しておく」
「……何でしょうか」

 情けない表情でエマオはアドルファスを見つめた。

「リミアリアに近づくな」
「ど、どうしてそこまでリミアリアを気にかけるのですか!」
「友人だからだ」

 アドルファスはそう答えると、剣を腰に差して部屋から出ていった
 呆然としているエマオに、カビルが微笑みながら話しかける。

「これで終わりだと思わないでね」

 エマオは何も言い返すこともできず、ただ、カビルたちが去っていくのを見送った。

(どうすればいい!? アドルファス殿下はリミアリアのことを友人だと言っていたが、あの雰囲気は明らかに違う! それなら、やることはひとつだ)

 エマオの頭に浮かんだのは、アドルファスにバレないようにリミアリアに接触し、先程考えていたように、アドルファスとの仲を取り持ってもらうことだった。
 この馬鹿な男が、そんなことが不可能だということに気づくのは、それから五日後のことだった。

******

 アドルファスに全く相手にされなかったフラワは、邸を出ようとする彼に再度声をかけたが「フラワ嬢に用事はない」と一(いっ)蹴(しゅう)された。
 鼻にもかけられなかったフラワは、どうしてアドルファスが、自分の魅力に気づけないのかと、いら立ちを覚えた。こういうタイプは自分に非があるとは考えない。
(どうしてなの? 顔が好みじゃないとか? 外見が理由で人と話さないなんて王子として失格じゃない?)
 エントランスホールで立ち尽くしていると、エマオが近づいてきた。

「お前は本当に役立たずだな」
「な! その言い方はないんじゃないですか⁉」
「本当のことだろう! アドルファス殿下はリミアリアを大事にしておられる! お前が色仕掛けをしたって全く意味がないんだ! こうなったのもお前のせいだ!」

 フラワに当たり散らして、少しすっきりしたのか、エマオは彼女を置いて自分の部屋に戻っていく。残されたフラワは、しばらくの間、遠巻きでメイドたちに見守られながら、その場に立ち尽くしていた。

(アドルファス殿下がリミアリアを大事にしているですって? この私がリミアリアに負けたっていうの?)

 悔しさでフラワの体が震え始めた。

(違う。私が負けるはずがない。そうよ。リミアリアがアドルファス殿下に私を貶(おとし)めるような話をしたんだわ! そうに違いない!)

 自分が選ばれないのは、リミアリアのせいだと考えることで、フラワは自分自身を満足させた。
 その後、リミアリアがエマオ宛の手紙に【探されることが迷惑です】と書いていたことを知ると、フラワの中で何が何でも彼女を探し出し、痛い目に遭わせたいという気持ちが膨らんだ。
 そして、表立って動けないエマオの代わりに、今度こそリミアリアを探すことに決めた。
 どこに逃げても追いかけて潰(つぶ)す。
 フラワはそう心に誓った。

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