捨てたものに用なんかないでしょう?

17  お断りします

 フラワが自分を探しているとリミアリアが知ったのは、アドルファスがイランデス邸を訪れた二日後の朝のことだった。
 戦争を終結に導いた貢献者として、アドルファスには長期の休暇が与えられており、彼はその時間をリミアリアの側で過ごしたかった。
 そのため、フラワの件を口実に、アドルファスはリミアリアのもとを訪れていた。
 フラワについて話したあと、アドルファスはリミアリアに願い事を話す。

「食事は自分で調達するし、護衛は俺が用意するから、しばらくリミアリアの家に泊まらせてくれないか」

 アドルファスの気持ちに気づいていないリミアリアは、彼からそう頼まれた時はかなり驚いた。
 だが、彼には大変お世話になっている。迷惑に思う気持ちはひとつもなかったし、恩を返せると思った。
 だが、相手は王子である。そう簡単に、はいとは言えなかった。

「両陛下にはその話はされているのですか?」
「リミアリアが迷惑でなければいいって。俺が頻繁に邸を出入りすればすぐに居場所がバレてしまうから、邸内で大人しくする。リミアリアが嫌がるようなことや迷惑だと思うようなことをするつもりはないから滞在させてくれないか」

 リミアリアは、手を合わせて頼むアドルファスに微笑む。

「そんなふうにお願いされたら、お断りすることなんてできません。それに、エマオ様に私に近づくなと言ってくださったのですよね? アドルファス様が邸内にいてくだされば、エマオ様が秘密裏に押しかけてきても怖くありませんし、困るのは向こうです」
「表向きはフラワ嬢が妹を探している形だが、いつか、リミアリアの居場所がバレて、彼がフラワ嬢と一緒にここに来たなら、リミアリアがここにいると知らなかったなんて言い訳はできないしな」
「アドルファス様、私は縁を切られましたので、もうフラワ様は姉ではありません」
「そうか。そうだったな」

 リミアリアが少し強めの口調で否定すると、アドルファスはにやりと笑った。

「私は平民になりましたから、アドルファス様とこうやってお話することは本当は良くないのでしょうね」
「平民だからとか関係ない。俺がリミアリアと話をしたい。それだけだ」

 話をしたいと言われただけなのに、リミアリアの鼓動が速くなった。

(色恋に興味のないアドルファス様のことだもの。深い意味はないわよね)

 そう納得し、アドルファスや兵士が泊まる客室の準備をするために、日にちや人数などをアドルファスに尋ねた。
 それから日が過ぎ、アドルファスが滞在を始めて三日後、フラワがリミアリアの居場所を突き止めたと報告があった。
 フラワもエマオもアドルファスが滞在していることに気がついておらず、次の日にはお供まで連れてリミアリアの住んでいる邸を訪ねてきた。

(エマオ様は本当に脳筋なのね。自分から罠にかかりに来るなんて信じられない)

 アドルファスが近くにいるという安心感もあり、まずはリミアリアだけが、エントランスホールでふたりの相手をすることにした。
 引っ越してまだ二十日も経っていないこともあり、エントランスホールは、殺風景だった。
 真正面の大階段に赤いカーペットが敷かれているだけで、壁には何も飾られていない。
 押しかけてきたエマオとフラワは、リミアリアに大事な話があるから、立ち話ではなく、応接室で話がしたいと訴えたが、リミアリアは拒否した。

「申し訳ございませんが、ここは貴族の方が来るような場所ではありません。お引き取りいただけますか」
「リミアリア、これは命令よ! 私たちをちゃんともてなしなさい!」

 ピンク色のプリンセスラインのドレスを着たフラワは、いら立ちを隠さずに叫んだ。
 というのも、リミアリアが思った以上に良い暮らしをしているように見えたからだ。
 きっと、古くて今にも倒れそうな小さな家に暮らしていると思っていたのだ。
 リミアリアが呆れた表情で口を開こうとすると、フラワの隣で暗い顔をしていたエマオが、フラワの頬を平手打ちした。

「いい加減にしろ!」
「きゃあっ!」

 悲鳴を上げて、フラワは柔らかな赤いカーペットの上に倒れ込んだ。エマオとしては、フラワを殴ることで彼女への愛情が消え去ったと示したつもりだった。
 そんなエマオの考えなど予想もしていなかったリミアリアは、突然の出来事に驚いて言葉を失ったが、我に返るとすぐにフラワに声をかけた。

「だ、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないわよ! というか、エマオ様、一体どういうつもりなの!?」
「どうもこうもない! このクソ女が!」

 エマオは床に倒れているフラワの背中を蹴ると、リミアリアのほうに振り返った。

「リミアリア、どうしてアドルファス殿下と仲が良いことを俺に知らせてくれなかったんだ?」

(アドルファス様と私が友人だったとわかったから手のひらを返したのね)

 媚びた笑いをしながら近寄ってくるエマオに不快感を覚えて、距離をとって答える。

「話をしようにも、あなたはフラワ様を連れて帰ってきただけでなく、離婚を求め、私をイランデス邸から追い出しましたよね?」
「アドルファス殿下との仲を知っていれば、そんなことはしなかった。なあ、リミアリア、俺と復縁しないか? 本当に反省しているんだ」
「お断りします」

 躊躇なく断ったが、エマオも必死だった。

「そんなに冷たいことを言わないでくれよ」
「冷たくありません。当然のことです」
「なあ、頼むよ。俺を助けると思って復縁してくれよ!」
「リミアリアと復縁ですって? エマオ様、あなた、何を言っているんですか!」

 リミアリアが反応する前に、フラワが立ち上がって叫んだ。

「うるさい! お前には関係ないだろう! 大体、お前が俺を誘惑するからこんなことになったんだ! 反省しろ!」
「何ですって⁉ あなたが断れば良かっただけではないですか! 意思の弱さを私のせいにするのはやめてくれませんか!」

 くだらないやり取りに嫌気がさし、リミアリアは大きなため息を吐いた。
 そして、まずはエマオに話しかける。

「エマオ様、あなたは私を捨てたのですよね?」
「い、いや、その、それは」

 しどろもどろになったエマオに冷たい視線を送りながら問いかける。

「捨てたものに用などない。あなたはそう、おっしゃっていました。自分で口にしたことですのに、もうお忘れですか?」
「そ、それはっ」

 言い返す言葉が見つからず、エマオは情けない顔でリミアリアを見つめた。
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