捨てたものに用なんかないでしょう?

23  私と婚約したいのですか?

 アドルファスの休暇はまだ続いているが、リミアリアとの婚約の話が出たため、彼女の邸には戻らないことになった。そのため、王城を去る前に、アドルファスに時間をもらい、思い出のある場所で話をすることにした。
 子供の時は庭園の良さが今ひとつわからなかったし、夜だったため、どんな花が咲いていたかなどは思い出せない。
 ただ、近くにあった噴水の形は変わっておらず、ここで話をしたのだと懐かしく感じた。
 天気も良く、散歩するにはちょうどいい気温で、蝶たちもあちらこちらに蜜を求めて飛び回っている。
 リミアリアは、どこか落ち着かない様子のアドルファスに笑顔で話しかける。

「ここで話をしたことがあるのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「覚えてる。誕生日パーティーの時だろ」
「はい」

 誕生日パーティーの時以外、リミアリアが登城することはなかったし、パーティーに連れて行ってもらうこともできなかった。
 パーティーに来ないことを不思議がるアドルファスたちには「パーティーが好きじゃないんです」と伝えていた。
 リミアリアの性格上、ありえないことでもなかったので、彼らはそれ以上詳しく聞くことはなかった。

(話をしていれば、状況は変わっていたかもしれない)

 リミアリアはそう思った後、その考えを振り払うかのように首を横に振った。

(今となってはどうしようもないことを考えるよりも、未来を見ていきたい。大事なのは、同じ過(あやま)ちを繰り返さないことだわ)

「どうかしたのか?」
「考え事をしていました。申し訳ございません」

 謝罪してから、アドルファスに正直な気持ちを伝える。

「アドルファス様との婚約について、嬉しいと思う気持ちとお断りすべきだという気持ちで揺れています」
「……それは、俺のことが好きじゃないからか?」
「そういうわけではありません」

 アドルファスは、リミアリアにとって自分のせいで迷惑をかけたくないと思う程に大事な存在だった。リミアリアにはやり遂げたいことがあった。それを達成した時、アドルファスに迷惑がかかるかもしれない。だからこそ、この話は断るべきではと迷っていた。

「じゃあ、どうして迷うんだ」
「子供の頃からずっと、考えていたことがあるんです」
「どんなことだよ」

 どこか不安げな表情のアドルファスに、リミアリアは苦笑して話し始める。 

「毒草クラブに入ったことも目的を達成するためのひとつですし、家族と縁を切ったのは、実父の爵位が剥奪され、彼らが罪を問われて落ちぶれても、私自身に何のダメージも負わないようにするためです」
「別にいいんじゃないか」
「私は実父たちに母の件で復讐しようとしているのですよ?」

 復讐という言葉に、アドルファスは少し動揺した様子だったが、どこか悲しそうな笑みを浮かべてうなずく。

「復讐がいいとは思わないが、ずっと前からそう決めていたんだろう? それに、罪を犯してまで復讐しようとしているわけじゃないんだよな?」
「それはそうですけど、そんなことを考える人間がアドルファス様にふさわしいとは思えません」
「俺にふさわしいかそうでないかは俺に決めさせてくれ」

 苦笑して言ったアドルファスの言葉に、それもそうかとリミアリアは納得する。かといって、婚約の話を受け入れるかどうかは別だ。

「どうして、アドルファス様は復讐を止めようとしないんですか?」
「簡単に止められるものなら、何年も計画しないだろう」
「それはそうですけど、こんな私と婚約なんてしたら、アドルファス様に迷惑をかけてしまうに決まっています」

 自分は陰口を叩かれても気にしない。だが、アドルファスといれば、彼も何を言われるかわからない。
 すると、アドルファスはリミアリアの頭を撫でて微笑む。

「迷惑だと思わなきゃいいんだろ」
「そういう問題ではないかと思います」
「復讐と言ったって悪いことをするわけじゃない。悪い奴らを裁くだけだ。そのために何か卑(ひ)怯(きょう)なことをするわけじゃないんだろ?」
「もちろんです。卑怯な真似をしてしまったら、やっていることは違っても、父たちと同じ部類の人間になってしまいますから」
「なら、別に俺は迷惑じゃない」

(どうしよう。本当に、アドルファス様と婚約してしまってもいいのかしら)

 彼と一緒にいれば、自分が幸せになれることは間違いない。だけど、アドルファスの幸せに繋がるとはどうしても思えなかった。

(こんなことで、うだうだ話をしている時間がもったいないわね。はっきりと聞いてみることにしましょう)

 リミアリアは覚悟を決めると、アドルファスに単刀直入に尋ねた。

「アドルファス様は、私と婚約したいのですか?」
「あ、え、あ、はい」

 耳を赤くしてうなずくアドルファスに、質問を続ける。

「それはどうしてなのでしょう。他にいい人がいないからですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「話しやすいから、とかですか?」
「それもあるけど、その、俺がお前と婚約したいと思ったからだよ!」

 顔まで真っ赤にして叫んだアドルファスを見て、リミアリアは目を瞬かせた。

(アドルファス様とはクラブではずっと一緒だったし、無茶なことばかりする彼に、自分のためなら私のために生きてくれ、なんてずうずうしいことを言ったこともあったわね。もしかして、アドルファス様はまだ、自分が他の人に愛されないと思っていて、私に依存してしまっているとか?)

 跡継ぎの問題はあるが、弟だって命の重さは兄と変わらない。それに、彼の両親も兄も、友人たちだってアドルファスのことを大事に思っている。

 そこまで考えて、自分がアドルファスに対して失礼なことを考えていると気がついた。

(私がアドルファス様のことを見守っていたように、彼も私のことを見守ってくれていたのかもしれない)

 そう思うと、胸がじんわりと温かくなった。

「おい、どうかしたのか?」

 リミアリアが笑みを浮かべていたからか、アドルファスが不思議そうに首を傾げた。

「いえ。あの、もう少しだけ質問をしてもいいですか?」
「かまわない」
「私は一度結婚していますよ。それでもいいのですか?」
「結婚の回数は関係ないし、離婚していて不倫じゃないなら問題ないだろ」
「私を婚約者にして後悔しませんか?」
「するわけないだろ」

 アドルファスは躊躇することなく答えた。

(私にとって、こんなにいい話はないわよね)

 捨てる人もいれば拾う人もいる。
 そう考えたリミアリアは、アドルファスとの婚約の話を受けることに決めた。
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