捨てたものに用なんかないでしょう?

28  足掻く者たち ※フラワとエマオSideです。

 フラワがリミアリアに返り討ちにされた数日後、彼女のもとにナンサンがやって来た。
 本当のことを知り、自分を糾(きゅう)弾(だん)しに来たのかと思ったが、応接室で待たせていたナンサンの表情はとても柔らかかった。

「急に訪ねてきて悪かったな」
「い、いえ。ナンサン様にお会いできて光栄です!」

 ナンサンの様子を見て、フラワの重かった心は一瞬にして明るいものになった。

(私を信じて調べるのをやめてくれたのかしら。もしくは、調べたけれど、彼らの言うことなんて信じないって感じ?)

 満面の笑みを浮かべ、フラワはナンサンの隣に座って腕にしがみつく。

「リミアリアが嘘つきだったこと、わかってくださいましたか?」
「……いや。リミアリアの言う通り、フラワは何度も元イランデス伯爵のところに行っていたんだな」
「……え?」
「調べてみたら、元イランデス伯爵の部下が、彼とお前は体の関係があるものだと思っていると証言した」
「そ、そんな」

(エマオ様が口止めしていたはずなのに、どうして話をしているのよ⁉)

 フラワは大きく深呼吸して、心を落ち着けてから尋ねる。

「ナンサン様、何をおっしゃっているんですか? それはリミアリアが手を回して、そう、言わせたんだと思います」

 フラワにとって、ナンサンは結婚相手として望んでいるわけではない。リミアリアからアドルファスを奪うための駒のひとつというだけだ。
 結婚を求められても断るつもりだった。
 そうすれば、純潔を失っていることがナンサンにバレることはないからだ。

「そうか……。そう信じたいな」

 暗い表情で俯(うつむ)いたナンサンの腕に頬を寄せて拗ねてみせる。

「酷い。信じてくれていなかったんですね」
「フラワにひとつだけ頼みがある」
「頼みって何ですか?」
「いいから頼みを聞いてくれ」

 いつもならば、フラワを慰めていたナンサンが、今日は素っ気なかった。

(もしかして、まだ疑っているの? こんなことなら、毒入りのマドレーヌを捨てるんじゃなくて、彼に食べさせておけば良かった)

 たとえ、フラワの目の前でナンサンが死んでも、マドレーヌに毒を入れたのは自分だとはわからない。
 店か、マドレーヌを買った人物か、リミアリアの邸の使用人が疑われるくらいだろうと考え、フラワはかなり後悔した。

「頼みって何ですか?」

 とにかく今は機嫌をとっておこうと、フラワが笑顔で尋ねると、ナンサンは厳しい表情で言った。

「俺と一緒に元イランデス伯爵の所に行って、噂が真実か確認しに行こう」

 この頼み事は、リミアリアから提案された内容だった。

「……は?」

 エマオは現在、留置所にいるが、面会ができないわけではない。

(会いに行ったりしたら、彼は全てを話すに決まってる! 言い逃れができなくなっちゃうじゃない!)

「やましいことがないなら、一緒に行けるよな?」
「そ、それは……」
「今回の件は父上がとても怒ってるんだ。お前を信じていて良かったと証明したい」
「~っ!」
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「い、いいえ」
「じゃあ決まりだ」

 断る理由がすぐには見つからず、この時のフラワはうなずくしかなかった。

******

 エマオが留置所に入れられてから、二十日近く経った。
 入ってすぐの時に、保釈金を払ってここから出ようとしたが、戦地での部下への脅迫、殺害をした疑いが浮上したと言われ、王命でここを出ることが許されなくなった。
 疑いというだけでここまで長く拘束されるのは違法だと訴えたが、事が事であるだけに意見は通らなかった。

(いつまでここにいればいいんだ)

 エマオが生活している牢は、石造りで天井が高く、光を取り入れる窓も三メートル程の高さにある。
 扉には何重もの鍵がかけられ、覗き窓はあるが、扉は閉められているため、プライベート空間は守られていた。
 室内にはベッドと木製の書き物机と椅子、仕切り付きの用を足すスペースがあり、大男のエマオが生活するには、かなり狭く感じる。
 面会に来る人がいないということは、着替えなど必要な物を持ってきてくれる人もいない。
 今のエマオは髭面で薄汚れた服を着た、浮浪者のような外見になっていた。
 エマオは証拠など見つかるはずはないと思っていたし、まだ、リミアリアに許しを請えば何とかなると思っていた。
 だが、アドルファスは着々と証言を集め、エマオの罪を暴くための手続きを、騎士隊に申請しているところだった。
 そんなことを知らないエマオは、リミアリアに会いに来てほしいと手紙を送り続けていた。

(リミアリアが俺を許せば、アドルファス様にも許してもらえるはずだ。そうすれば、こんな生活から抜け出せる)

 そう思いながら、朝からリミアリアに送る手紙を書いていると、職員が食事を持って来た。
 コップ一杯の水に野菜スープ、拳サイズの丸いパンが二つと目玉焼きという、エマオにとってはなんとも物足りないメニューだ。文句を言うと下げられてしまうため、エマオは素直に食事が載せられたトレイを受け取った。
 職員が出ていったあと、エマオは目の前の朝食を見て思う。

(リミアリアを裏切らなければ、俺はこんな惨めな思いをすることはなかった)

 戦地にいた時ですら朝から肉を食べることができたし、パンだって食べ放題だった。
 今となれば贅沢だった暮らしを思い出し、悔しくて不覚にも涙が出そうになったが、グッとこらえる。

(リミアリアと復縁できなくてもいい。とにかく命だけは助けてもらえればいいんだ。まだ俺は終わっていない)

 エマオは伯爵位を奪われていることを知らない。未来は明るいはずだと朝食を口に運んでいると、職員がやってきた。
 食事を下げに来たのかと思ったが違った。

「あなたに面会をしたいと訪ねてきた人がいます。食事を終えるまで待ってもらいますか?」
「いや、今すぐ会う!」

 リミアリアが来てくれた。
 期待に胸を膨らませたエマオだったが、彼の前に現れたのはフラワだった。

(どうしてこの女が!)

 エマオとフラワの破滅へのカウントダウンが始まろうとしていた。
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