君の春に、私はいない
「毎晩、電話するけん」
博多発の品川行き。
のぞみが停車する駅のホーム。
彼は私にそんな言葉を残した。
あれからニ週間。
一度も彼の声を聞いていない。
数日前まで満開だった西公園の桜。
すっかり緑が混ざって、散った花びらが道路に敷き詰まっていた。
「なんね、まだ連絡ないん?」
梓は団子片手に目を見開いた。
彼女とは、中学時代から毎年ここの桜を一緒に見に来てる。
「うん。…まぁ、引越しの片付けとか、大学の準備とか色々あるっちゃろうけどね」
私がそう言うと、梓はパク、と団子の串を口から引き抜いた。
「でも、遠距離よ?電話のひとつくらい出来るっちゃろ」
「んー、そうよねぇ」
チロチロと降る桜の花びら。
それが道路に落ちるまで見届ける。
ふと芝生広場に目を向けると、レジャーシートに並んで座るカップルがいた。
私はつい視線を逸らし、唇を噛む。
ーーもしかして、あの人も向こうで笑っとるんかな
スマホを開くと、未読のままのメッセージ。
短くて深い、ため息が漏れた。
彼から着信があったのは、それから数日後の事だった。
慌ててテレビを消し、画面をタップした。
「もしもし?」
『あ、紗奈?ゴメン全然電話できなくて』
電話越しの声は、少しだけ高くて、弾んでいるように聞こえた。
「…うん」
『大学のガイダンスとか交流会でバタバタしてた』
「そっか」
『明日ようやく入学式』
奥から聞こえる賑やかな音。
静かなアパートの中で、それがやけに響いた。
「……」
私は、何も言葉が出てこなかった。
声が聞けて嬉しいはずなのに。
『紗奈?……怒っと?』
心配そうな声に、ハッとする。
「あ、怒っとらんよ、大丈夫。元気そうで安心した」
立ち上がり、窓の外を見る。
うっすら雲が広がる、灰色の空。
『そうか…あ、紗奈。いま近所の桜祭りでさ』
そう言うと、画面がビデオ通話に切り替わった。
久々に見る彼の顔。
数週間なのに、垢抜けて見えた。
髪の毛なんか…セットした事なかったのに。
ーーその瞬間。
彼の背後に満開の桜が広がった。
『どう?綺麗でしょ…やろ?』
一瞬遅れて、彼が笑った。
「あ…」
喉の奥がぐっと狭くなった。
見たことない服、満開の桜、不自然な標準語。
変わらない…変わっていないはずの笑顔も。
すごく、遠かった。
追いつけないように思えた。
「東京は、晴れとっと?」
『うん、快晴。ねぇ、紗奈も顔見せて』
画面越しに目が合う。
私はビデオをOFFにしたままだ。
「いま、カメラ調子悪いけん…」
そう言うと、『なんだ』とビデオ通話が解除された。
『そっちの桜、見たかった』
「…こっちも、まだ綺麗に咲いとるよ」
窓の外にうつる、新緑に染まった桜の木を見ながらそう答えた。
ーー気付いてほしくて。
『見せてよ、そっちの桜』
その瞬間、目を閉じた。
“本当はもう、散ってるよ”
そのひと言が、言えなかった。
少し遅れて、私の頬に雫が伝う。
彼の春には、もう届かない。


