完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「今度……」

 律人さんはそう言いかけると、全裸のままベッドから身を起こした。
 隣から体温が離れたせいか、急に広くなったベッドが寂しく感じる。

「今度……何ですか?」

「……花音の両親に、挨拶に行かないとな」

 予想もしなかった言葉に、思わず「え?」と間の抜けた声が漏れた。
 どうしてそんな話になるのか、理解が追いつかない。

「俺の両親はもう、消息不明だ。会いたいとも思わない。でも……花音の両親は、会おうと思えば会えるだろう?」

「で、でも……あんな親、律人さんに紹介したくありません」

 強く拒絶すると、律人さんはベッドの縁に腰を下ろした。
 薄暗い部屋の中でも、その色白な背中ははっきりと見える。
 首だけをこっちに向け、横になったままの私を見つめてきた。

「喧嘩別れは……家族にとって良いことじゃない。ちゃんと話し合って、気持ちに区切りをつけるんだ」

「……そんなこと、する必要あります?」

「花音にとっては毒親だったのかもしれない。それでも、たった二人の親だ。産んでくれたことへの感謝も、窮屈だった思春期の苦しさも、全部ありのまま伝えればいい。そして……今の自分が幸せだってこともな」

「……できるかな、私に」

 弱々しくこぼれた言葉に、律人さんはそっと指先を伸ばした。
 頬を優しく撫でられ、見上げた先でその穏やかな瞳と目が合う。

「大丈夫。俺がいるだろう? ちゃんと支えるから」

 その表情は……私だけが知っている律人さんの顔だ。
 会社で見せる鋭い眼差しとはまるで違う……温かくて、優しくて、どこまでも安心感に満ちた笑顔。
 私は安心したように息を吐き、ゆっくりと頷いた。

「私、ちゃんと言います。ちゃんと……向き合います」

「……よし、良い子だ」

 律人さんは私の髪を優しく撫でると、そのまま立ち上がってリビングの方へ向かった。
 冷蔵庫を開ける音が、静かな部屋に響いてくる。
 おそらく、水でも飲みに行ったのだろう。

 私は掛け布団にくるまりながら、さっき自分で口にした言葉を何度も胸の中で反芻していた。

 ――私、ちゃんと言います。ちゃんと……向き合います。

 あんな親とは、一生疎遠のままでいいと思っていた。
 でも……それは筋違いの話だと、律人さんが教えてくれた。
 逃げるのではなくて、向き合う……それが、大人になった私の責任なんだと、伝えてくれたのだ。

「うん……私は、できる」

 私はもう、迷わない。
 私はできるって……自分を信じて前に進む。

 完璧上司のおかげで、私は変わることができた……。
 自分の甘さと向き合い、常に意識して行動できるようになったことが、大きな成長へと繋がった。
 今では、ずっと目を背けてきた両親にだって向き合おうと思える。
 そんな強さを、手に入れられたんだ……。

 それも全部、律人さんのおかげ。
 律人さんと出会えたことは……私の人生における、かけがえのない宝物だ。

 きっと律人さんは、シャワーを浴びに行ったのだろう。
 私は律人さんの温もりと、事後の余韻に浸りながら……しばらくベッドの中にいる。

「……この幸せは、絶対に離さない」

 そう心に誓い、そっと目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶのは、律人さんの優しい笑顔だった。


end
< 79 / 79 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
 料理も仕事も完璧な上司×ズボラ女子のラブコメディ  石田 花音(23)……ズボラ女子   橋場 律人(27)……完璧上司 ※『第2回1話だけ大賞』エントリー作品

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop