推しの妻になりました〜アイドルと契約結婚〜

第29話 チェックメイトの予感



「……悪いが、このゲームに観客はいらないんだ。君には、退場してもらうよ」

 ネームプレートをなぞる指先が離れる。
 苺依は動悸を抑え、コンシェルジュの仮面を必死に張り付かせた。

 「……久賀様、ご冗談を。私はただの従業員でございます。ご滞在中のご要望がございましたら、何なりとお申し付けください」
 「……いい返事だ。その冷静な態度と度胸を征志郎も気に入ったのかな」

 久賀は窓辺に戻り、チェスボードの駒を1つ動かした。

 「では、早速要望を。今夜、僕が主催するチャリティ・オークションのレセプションがある。君には、僕のパートナーとして同行してもらいたい」
「……っ!? 恐れ入りますが、私はコンシェルジュであって、お客様の私的な同行は……」
「これは『仕事』だよ、高階さん」

 久賀が振り返る。
 その笑顔は拒絶を許さない支配者の色を帯びていた。

「このホテルの筆頭株主が誰か、知っているかな?」
「いえ……存じ上げません」
「僕の父だ。オーナー権限で君を今日一日、僕の専属として借り受ける許可は取ってある」

 頭を殴られたような衝撃。
 逆らえば自分の居場所だけでなく、このホテルの立場さえ危うくなる。

「ドレスは用意してある。2時間後、また迎えに来るよ」
「こ、困ります。私にはドレスアップなんて……」
「安心したまえ。ヘアセットからメイクまでスタイリストを呼んでいる」
「え……」

 ――ピンポーン

 タイムリーなチャイムとともにスタイリストらしき人物が二人入ってきた。

「お待たせいたしました」
「よく来てくれた。たった今話していたところだ。彼女を頼むよ」
「かしこまりました」

 綺麗なお辞儀をした二人組は早速準備をし始めた。

「では2時間後、迎えに来る。まずはランチをご馳走しよう」
 
 腕時計をチラリと見た久賀は優雅に歩き出す。
 そして苺依の横を通り過ぎる際、その耳元で冷たく囁いた。
 
「……逃げてもいいが、その時は……君の愛するアイドルのスキャンダル、僕がリークすることになる」
「なっ……」

 断れないことを分かっているからこその余裕の笑み。
 久賀は苺依の肩をポンポンと叩くと、部屋から出て行った。

(ど、どうしたらいいの……)

――To be continued
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