推しの妻になりました〜アイドルと契約結婚〜

第32話 暗闇からの脱出



 ――バチッ!! フッ……

 会場の照明が、一瞬にして落ちた。

(な、なに……)

「なんだこれは!」
「どうなってるの?」
「何も見えん! 誰か照明を!」

 周りからも戸惑いの声が聞こえる。
 そんな暗闇の中。
 ふわりと鼻を掠めるあの香り。

(っ!? まさか……)
 
 苺依の腕が誰かによって強く引かれた。

「……っ!?」

  声を出そうとした瞬間、大きな手が苺依の口を優しく塞ぐ。

「……しっ。静かにしてろ、バカ」

 耳元で響いたのは紛れもなくあの低い声。

「走るぞ」
「…………」

 見えないけれど、苺依は何度も強く頷く。
 力強く握られた手から安心が伝わる。
 いくつか扉を通り越すと照明が戻った。

「うっ……」

 明るさを取り戻した苺依は一瞬目がくらんだ。
 そしてそこにいたTOMAは漆黒の服にサングラス、キャップを深く被り、黒いマスクで顔を隠していた。

「……!? TOMAさん!」
「……あんた、スマホ」
「あ……」

 そういえば着信の後からずっと見ていなかった。

「ごめんなさい……」
「謝んな。あんたに持たせたスマホ、俺の端末と位置情報を同期させてたんだよ」
「えっ!? いつの間に」
「こういう時のために、な」
「それでこの場所が?」
「ああ。動かなくなったGPSの場所が、ここだった。ここは久賀家の所有する会場だしな」
「そうだったんですね。でもどうやって中に」
「それは、まぁ……」

 TOMAはサングラスを外しながら深いため息を吐いた。

「使いたくはなかったけど、如月家のツテ使って裏口のセキュリティやらシステムをいじった」
「ええぇぇ!?」
「とりあえず急ぐぞ。見つかったら厄介だ」
「は、はい!」

 TOMAは苺依の手を引き寄せ非常口へと導く。
 しかし、非常扉を開ける直前。
 背後から、凍りつくような冷ややかな声が響いた。

「……逃がすわけないだろう? 征志郎」

 振り返ると、そこには予想通りと言わんばかりの表情で久賀がいた。
 余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。

「……不法侵入にハッキングかな? トップアイドルも落ちたものだ。今ここで警備員を呼べば君のキャリアは終わる。さあ、その手を離すんだ」

 絶体絶命の瞬間。
 TOMAは逃げるのをやめ、苺依を自分の背後に隠すと、マスクを外して久賀を正面から睨みつけた。

「呼びたきゃ呼べよ」
「いいのか?」
「いいぜ……その代わり、あんたが親父さんの裏金問題をもみ消そうとしてる証拠、今すぐリークしてやるよ」
「……なに?」

 久賀の表情が、初めてピキリと凍りついた。
 TOMAは不敵に笑い苺依の手をさらに強く握りしめる。

「お前らの汚いゲームに、こいつを巻き込むな。今度こいつに手出したら容赦しない」
「へえ? それは楽しみだなぁ」
「行くぞ、苺依」
「あ……は、はい!」

 TOMAはそう吐き捨てると、苺依の肩を抱き寄せた。
 その瞳は、今までに見たことがないほど、激しく真っ直ぐに苺依だけを映していた。

――To be continued
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