推しの妻になりました〜アイドルと契約結婚〜

第33話 残された香り



 抜け出した先にはTOMAが用意した車があり、後部座席に乗り込んだ。
 オークション会場の喧騒は遠ざかり、車内には二人の荒い呼吸だけが響いていた。
 苺依は、まだ震えが止まらない手で、自分の膝を握りしめる。

 「……ったく、心臓に悪っ」
 
 隣に座るTOMAが、苛立ったようにキャップとマスクを放り投げた。
 その横顔は、まだ怒りが収まっていないように険しい。

「あんたも知らない男について行くなよ」
「ご……ごめんなさい。迷惑かけてしまって……なんとか抜け出そうとしてたんですけど……」

 震える苺依の声。

「謝んなくていい。でもな、あんな男にホイホイついて行くなんて危機感なさすぎ」
「ホイホイなんて! あの人がTOMAさんのスキャンダルをネタに脅してきたから仕方なく……!」
「あんた、バカか。俺がそんなことで潰れると思ってんのか?」

  TOMAが苺依をドア際まで追い詰める。
  あまりの至近距離に苺依は思わず息を呑む。

「……でも、私のせいでもし……」
「『もし』なんてねぇんだよ。俺を誰だと思ってんだ」
 
 TOMAは苺依の顎をクイッと持ち上げると、そのまま逃げ場を塞ぐように、その首筋に顔を埋めた。

「……っ!? あの、TOMAさん……?」
「……動くな。あいつの匂いがする……」
「え……」
「チッ……」
 
(ムカつく……)
 
 首筋に感じるTOMAの熱い吐息と、低く唸るような声。

「……このドレスも、あいつが用意したのか?」
「っ……」

 苺依は黙ってうなずく。
 俯くその先にはギラギラと輝くネックレスが。

「で、これは?」

 指先でそのネックレスを引っ掛ける。

「それは、久賀様が勝手に……」
「………はぁ」

 深い深いため息。
 TOMAは額を抱えて項垂れた。

「あ、あの、TOMAさん?」
「…………」
「本当にごめんなさい。今後はこのようなことがないようにしますから……」
「…………」

(やっぱり許してもらえない、よね?)

「今からでも契約はなかったことに…………」
 
 言葉を遮るように、TOMAは苺依の腰に腕を回し、折れそうなほど強く引き寄せた。

「悪かったと思うなら反省しろ、苺依。俺が来るまで、一分一秒でも、あいつの隣にいた自分を……二度と、他の男の言いなりになんてなるな」
「はい…………すみません」

 苺依が消え入りそうな声で返事した。
 満足そうに微笑んだTOMAはようやく苺依を解放した。

――To be continued
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