異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

第1章 伝えられない片想い――異世界に来て10年

異世界に来て、10年。



――そして私は、今も片想いをしている。



相手は、この世界で最初に出会った人。

私を助けてくれた、狼の半獣人だ。



たぶん、この気持ちは、一生伝えられない。

……そう思っている。けれど。



田中緑(26歳)。日本人。



どういうわけか、今の私は異世界シルフィードにいる。



この世界に来たのは、高校1年のときだった。

飛行機事故に巻き込まれた、と思った次の瞬間には、もうここにいた。



本当に、意味が分からなかった。



知らない場所。

知らない空気。

知らない言葉。



何もかもが分からなかった。



――でも、言葉だけはなぜか通じた。



そのことすら当時の私には理解できなくて、ただ怖くて、頭が追いつかなくて――ひたすら泣いた。



アニメとかファンタジー小説とか、あれだけ好きだったくせに、いざ自分がその立場になると、全然違う。



現実は、そんなに優しくなかった。



でも、10年も経てば、人って慣れるものらしい。



今ではあの頃の自分を思い出して、よくあんなに泣いていたなぁ、なんて思えるようになった。



元の世界の私は、きっと行方不明者になっている。



家族に会いたい気持ちは今でもあるけれど、もう戻れないのだから仕方がない。



そう思うようにしている。



――――――――――



この世界の人たちは、私たちの世界でいう白人がほとんどで、黄色人種や黒人は少数民族だ。



そして、この世界には人間とは別に、半獣人という種族がいる。



人口の5分の1ほどを占めていて、種族は3つ。



猫族、狼族、そして鳥族。



見た目はほとんど人間と変わらない。



猫族と狼族は耳と尻尾があるだけ。



鳥族は翼があるだけだ。



最初は驚いたけれど、今ではすっかり見慣れた。



むしろ、この世界で最初に出会って、私を助けてくれた存在でもあるから。



途方に暮れて泣いていた私が最初に出会ったのが、1歳年上の狼の半獣人の彼だった。



今思えば、あの出会いがなかったら、私はきっとこの世界で生きていけなかったと思う。



――――――――――



そして、あれから10年。



私は今、町で人気の家族経営の食事亭で働きつつ、居候している。



……というより、養ってもらっているに近いのかもしれない。



あのとき、泣き続ける私に困り果てた彼が、最初に連れてきてくれた場所だった。



家族経営の食事亭。



昼の時間帯は特に忙しく、店の中はいつも賑やかだ。



「ミドリ、こっちお願い!」



ミレーヌさん(35歳)の声に、私は慌てて頷く。



手にしていた皿をテーブルへ運びながら、「お待たせしました」と笑顔を作った。



店の中を見渡せば、席はほぼ埋まっている。



奥の厨房では、ミレーヌさんの父であるルイスさん(60歳)と、旦那さんのアンドレさん(37歳)が手際よく料理を仕上げていて、焼ける音といい匂いが絶え間なく流れてくる。



「パン、もう少し焼くぞ!」



「はい!」



そんなやり取りが、当たり前みたいに続いていく。



ミレーヌさんと私は、ひたすら接客に追われる。



注文を取り、料理を運び、空いた皿を下げて――その繰り返し。



正直、最初は全然うまくできなかったけれど、今はもう体が自然に動く。



10年もいれば、さすがに慣れる。



忙しい時間帯が終わり、店内が少し落ち着き始めたころ。



ミレーヌさんが、ほっと息をつきながら私を見た。



「もうそろそろ、私一人でここ大丈夫だから、エレナちゃん(5歳)とトムくん(3歳)のお相手してきてください。リースさん(62歳)、今日少し頭が痛いって言っていましたから」



「そうね、じゃあ後お願いしようかな。元気すぎて、母の頭痛が悪化してるわね」



ミレーヌさんは苦笑しながら、居住スペースのある上階へと上がっていった。



――そんな風に。



日常は、ゆるく回っている。



血の繋がりはないけれど、大切な人たちで、ここが今の私の居場所だ。



なにより――彼との出会いがなかったら、今の私はここにいない。



……そう思う。



そのとき――



カラン、と扉の音が鳴った。



反射みたいに顔を上げる。



そこに立っていたのは、



見慣れているはずなのに、毎回少しだけ息を呑んでしまう人。



目に映すだけで、少し落ち着かなくなる。



――バルス。



私が10年、片想いしている人。



……たぶん、これからもずっと。

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