グルゥとリル、もりのはずれで

倒木のそばのひかり

ひるすぎの森は、すこしだけ光がやわらいでいて、葉のあいだからこぼれる明るさが、地面のうえにうすい布を何枚も重ねたように見えていました。

小道のわきに、ながいあいだ雨と風にふれてきた倒木がありました。苔はやわらかくふくらみ、ところどころ木の肌がのぞいていて、古いけれど、まだちゃんとそこに座れる顔をしていました。

グルゥは、その倒木の前で足を止めます。背にかけていた袋を静かにおろし、中から包んでおいたパンを取り出しました。布をひらく手つきは大きいのに、森の音をこわさないやさしさがあります。

リルはそのようすを見て、すこしだけ首をかしげました。それから、ことんと倒木に腰をおろします。小さなからだがちょこんとのると、倒木は前からそこにいた子を迎えるみたいに、なんでもない顔でその重みを受けとめていました。

風がひとつ、枝から枝へぬけていきます。高いところの葉がさやさや鳴って、リルの髪がほんのすこし揺れました。リルは目を細めて、となりに立つグルゥの影を見ます。おおきな影は、木の根や石のうえをまたぎながら、ゆっくり短く伸びていました。

グルゥはパンを半分にして、片ほうをリルに渡しました。

「ん」

それだけでしたけれど、リルは小さくうなずきます。

「ありがと」

声も、森の奥へ飛んでいかないくらいの大きさでした。

焼いた粉のにおいに、木の湿り気がまざります。リルはひとくち食べて、それから足もとの石をつま先でそっと押しました。石の下の土はまだ少しつめたくて、さっきまで日かげだったことがわかります。そういうことを、リルはよく見つけます。見つけても、わざわざ言わないことが多いのでした。

グルゥは倒木のそばに立ったまま、近くの枝先にたまったしずくを見ていました。朝の名残りでしょうか、小さな玉がまだ落ちずにいて、ひかりをひとつ抱えています。しばらくして、しずくは重たそうにゆれ、すとんと土へ落ちました。音はほとんどなくて、でも、落ちたことだけはきちんとわかる静けさでした。

リルはパンを持ったまま、空を見あげます。木々の間の細い青は、川の水を遠くからのぞいたみたいに、すこしだけゆらいで見えました。

「ここ、すき」

ぽつりと落ちたことばに、グルゥは倒木の苔を手で軽くはらってから、自分も端に座りました。大きなからだが乗ると、木はほんのわずかにきしみましたが、それきりでした。

ふたりのあいだには、ひとり分もないくらいのすきまがあります。近いけれど、せまくない距離でした。リルはとなりのぬくもりを気にするでもなく受けとって、パンをもうひとくち食べます。グルゥは、自分の分を食べ終えると、布をたたんで袋にしまいました。その動きはいつも通りで、何かを整えることが、そのまま一緒にいることになっているようでした。

少しすると、また風がきました。こんどは倒木の上をなでるように通って、苔の匂いと、遠くの水の気配を連れてきます。リルはその匂いに気づいて、目をぱちりと開きました。

「みず、ちかいね」

グルゥはうなずきます。

「……ああ」

それだけで、じゅうぶんでした。

どこかで小さな鳥が鳴いて、またしずかになります。光は葉のかげで丸くほどけ、リルの膝や、グルゥの大きな手の甲にのっていました。急ぐものはなにもなくて、森はただ、ふたりをそこに置いておくみたいにやわらかでした。

リルは食べおわった手を見て、指先についたパンくずをそっと払います。ひとつだけ残ったくずを、グルゥが黙って受けとるように掌にのせました。リルは少し笑って、倒木の端へ手をつきます。木の肌はひんやりして、苔のところは小さな獣の背のようでした。

そのまま、ふたりはしばらく座っていました。話すことがなくても、木のぬくもりがゆっくり移ってくるのを感じたり、風がまた来るのを待ったりしていれば、それで夕方まえの時間はきれいに満ちていきます。

森のなかの倒木は、道の途中にある小さな椅子のようでした。ふたりが少し休むための、だれにも知らせない場所です。立ちあがれば、またいつもの暮らしへ戻っていくのでしょう。それでも今はまだ、座ったまま、葉のあいだから落ちる光を見ていました。

それはとても小さなひとときで、だからこそ、手のひらにのる水の粒みたいに、静かにまるく残るのでした。
< 2 / 6 >

この作品をシェア

pagetop