まことしやかな恋
脳内にある医学知識を引っ張り出しても、左胸に浮かぶ痣が重大な疾患や外傷とは思えず、為す術なく桃色のソレを爪で掻く。
そのうち、微かに平静を取り戻した頭が、くだらないと一蹴した或る噂話を思い出した。
──〝運命の人とキスすると、身体のどこかにハートマークが浮かび上がる〟
なんて、馬鹿馬鹿しい都市伝説。
そう嘲笑っていた自分を、ハートマークが嘲笑し返してくる現実に、蹲って頭を抱えた。
非常に残念なことに、運命の人は一旦置いておくとして、キスには身に覚えがある。お酒も相俟って売り言葉に買い言葉でしてしまった。
「……」
問題は、そのキスの相手だ。
清々しいほど性根の腐ったアイツが、運命なわけない。断じてない。有り得ない。非科学的なものを信じない以前の問題である。
「……隠そう。そして、忘れよう」
生憎、忌々しいハートマークは胸部にあるから服を脱がない限り、誰にもバレやしない。時間が経てば消える可能性もある。
こうして、羽柴 葵子は、厄介事を見なかったことにする力業で、憂鬱な朝を乗り切った。
運命が微笑んでいたことには、まだ気づかない。