ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

第2話 すごく鍛えているんだなぁ

 大岩に登ったお父さんは、飛びこみの順番を待つ人たちと、にこやかに話していましたが、急に私のほうを振り返り、川を指さしました。

 そして、何か言いました。

 でも、まるで聞こえません。
 私の立っているところから、大岩までは、ちょっと距離がありました。

 お父さんは、笑顔でまた私に何か言いますが、だめです。
 川のあちこちから、楽しそうな声がとびかっていました。
 そんなたくさんの声に、お父さんの声はかき消されてしまいます。

 お父さんは、それからもときどき、川のほうを見ては、大岩の上の人たちと一緒に笑っていました。

 いったい、何があるのかしら。

 私が考えているうちに、お父さんの飛びこむ順番がきたようです。

「いってらっしゃーい!」

 お父さんは、笑顔で私に大きくうなずくと、水中めがねを装着し、川に飛びこんでいきました。

 私たちシズク村の人間は、このチェリー川を大切にしています。

 川や河原に空き缶やペットボトルが落ちているのを見つけたら拾うでしょう、見て見ぬ振りなんてしないでしょう、たぶん。
 
 村の人たちにとって、チェリー川といえばシズク村で、シズク村といえばチェリー川なんです。

 私の通うシズク中学校には、プールがありません。
 水泳部もありません。
 
 それは、近くに、自由に楽しく泳げるすてきなチェリー川があるから?

 ━━ただ単に、生徒が少ないからよ━━。

 お姉ちゃんはクールにそう言います。

 確かに、シズク中の全校生徒は、四十六人です。
 学校には、水泳部だけでなく、他の運動部も文化部もありません。
 
 おそらく、お姉ちゃんの言っていることは正しいんでしょう。
 お姉ちゃんは金のかかる女ですけど、頭はいいですから。

 まあ、シズク中学にプールや運動部のない理由がどうであれ、私は、チェリー川で楽しく泳げれば、それでいいんです。
 チェリー川も、泳ぐのも、私は、好き、好き、大好きですから。

「アユちゃん!」

 私の背後で、声がしました。
 
 振り返ってみると、同級生のリクちゃんです。
 すごくリアルなゴリラの顔がどアップのTシャツに、黒の短パン姿です。

 遊泳解禁のこの日、この場所で、水着を着用していないのは、私とリクちゃんだけかもしれません。
 ざっと見回しても、みんな、水着をつけています。
 パーカーを羽織っている人もちらほらいますけど、その下は水着です。
 赤ちゃんも、ギャルも、おじいちゃんも、村長も、議員も、みんな、水着、水着、水着。
 
 あ! シズク村の人間は、全員、泳ぐのが好きみたいな言い方を、私、してきてしまったかもしれませんけど、ごめんなさい、村の全員が泳ぎ好きというわけではありません。

 相撲は日本の国技のようなものですけど、日本国民全員が相撲を好きなわけじゃないでしょう? 
 それと同じようなものです。

 ちなみに、私は、相撲をとるのは好きじゃないけど、見るのは好きです。
 相撲の技の名前もいろいろ知っています。
 押し出しとか、かちあげとか、外掛けとか、内掛けとか、張り手とか、ツッパリとか、ヤンキーとか?
 猫だましとか、犬だましとか?

 で、リクちゃんは、泳ぎが好きではありません。

 というか、リクちゃん、泳げないんです。

 運動神経が悪いっていうんじゃありませんよ。
 リクちゃんは、走るのもまあまあ速いし、鉄棒だって、とび箱だって、じょうずです。
 
 それに、リクちゃんは、体を鍛えています。
 学校の休み時間には、腕立て伏せやスクワットをしています。

 リクちゃん、泳ぐのは好きじゃないけど、体を鍛えるのは、好き、好き、大好きなんです。

 それは、学校の先生も、生徒も、みんなが、知っていることです。

 それでなんでしょう、リクちゃん、「脳みそも鉄筋コンクリート」なんて言われたりしています。

 本当に、すごく鍛えているんだなぁって、私、思います。

 あ! あと、リクちゃんのことを超天然って、笑う人がけっこういます。

 でも、私は、その天然っていう言葉の意味がいまいちよくわかりません。

 じつは、私も、天然って、ときどき言われます。
 それで、天然の意味がよくわからないのかもしれません。

 でも、人工のものより、天然のもののほうが良かったりすること、あるでしょう? 

 天然でいいんじゃないかしらって、私、思うんです。

「リクちゃん、一人なの?」

「うん。俺、泳げないから」

 リクちゃんは、けろりと言います。

 カナヅチなのを、少しも恥ずかしいと思っていないリクちゃんです。

 リクちゃんは、グチを言ったり、すねたり、弱音をはいたりしない本当に真っすぐな子なんです。

 リクちゃんと私は幼稚園に通う前からずっと仲良しなんですけど、リクちゃんが誰かの悪口を言うのを、私は聞いたことがありません。

 そんなリクちゃんを、私、好きです。

 好き、好き、大好きです。

 でも、そのことは、誰も知りません。

 もちろん、リクちゃんも。

 いいんです、私、リクちゃんとずっと仲良しでいられたら、それで。

「ゴマちゃん、かっこいいなあ」

 リクちゃんは大岩のほうを見やりながら、顔を輝かせました。

 かっこいいは、リクちゃんの最高のほめ言葉です。

 もしかして、さっき大岩から飛びこんだ私のお父さんのことを言っているんでしょうか。
 
 それなら、私、とってもうれしいです。

 正直なところ、私のお父さんは、人からかっこいいと言われるような見た目ではありませんから。

 ハゼ顔だし、足も長くないし。

 私は、ハゼ顔も、足が長くないのも、好きなんですけどね。

「ありがとう。でも、ゴマちゃんじゃなくて、ゴビちゃんっていうのよ」

 そう、私のお父さんの名前は、ゴビです。
 ゴマではありません。

「あれ、ゴビちゃん?」

 まあっ! あれ(・・)ですって! 

 私は、自分のお父さんを、「あれ」って言われて、いい気がしませんでした。

 それで、私は、わざとゆっくり、はっきりと言ってやりました。

「そう。あ・れ、ゴビちゃん」

「いつから、ゴビちゃん?」

「いつからって、……正確には知らないけど、生まれて二週間以内くらいからじゃないかしら」

「ええっ!」

 リクちゃんは身をのけぞらせ、ずいぶんと驚きます。

「名前の届け出って、二週間すぎても大丈夫だったりするみたいだけど、だいたいは、出生届けの時に、名前も書くみたいだし」

「アユちゃん、くわしいんだね」

「私、赤ちゃん、好きだから」

「そうなんだ。でも、あれは、もう赤ちゃんじゃないよね?」

 まあっ! また言いました! 

 ひょっとして、こういうところを、天然って言うんでしょうか。

「もちろん、あ・れ、はね」

「ひょっとして、テレビとかに、でてた? かっこいいから」

「かっこいいと思う?」

「かっこいいよ! でてた? テレビに」

「でてないわ」

 私は複雑な気持ちでした。
 リクちゃんは、私のお父さんを「あれ」呼ばわりしますが、やっぱり、かっこいいと言ってくれます。

 リクちゃんは、「あれ」が私のお父さんとは知らないのでしょう。
 それで「あれ」なんて言うのでしょう。

 でも、「あれ」が誰であろうと、「あれ」なんて言うべきじゃないと、私、思うんです。

 もしも、もしも、ですよ、将来、私がリクちゃんと結婚して、夜おそくに、リクちゃんが、へべれけに酔った友だちを家につれてきて、その友だちが水の入ったグラスを割ってしまって、リクちゃんが「気にしなくていいよ。あれに片づけさせればいいんだから、あれに」なんて言ったら、私、泣いちゃうか、ぶっとばすかするでしょう。

「リクちゃん、あ・れ、ね、あ・れ、私のお父さんなの」

 リクちゃんは、まじまじと私の顔を見ていましたが、
「こっちから、見えるよ」と小走りに走り出しました。

 私もリクちゃんの後について走りました。

 ……、お父さん、まだその辺にいるのかしら。

 私は、ちょっと嫌な気がしました。

 ホテルに遅刻しちゃうじゃない……。
 
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