恋煩いの処方箋
 出かける準備をして車でスーパーへ向かう。お詫びとお礼も兼ねてのディナーだからと、お刺身の盛り合わせに和花の好きなイクラもカゴに入れる。これで手巻き寿司にしようと思う。デザート用に桃も買った。
急いでアパートへ戻り、お米を研ぐ。少し硬めになるように水の量を調整して、すし酢を作る。玉子を焼き、胡瓜を切って、挽き割り納豆も混ぜておく。お刺身はお皿に並べ替えて、見栄えを整えた。味噌汁の具は冷凍のほうれん草を使う。蟹やアサリをと思ったけれど、流石にそれは予算オーバーになるので諦めた。
 いつもの夕食よりも遅くなりそうなので、和花はお風呂に入らせる。髪を丁寧に乾かして、少しよそ行きのワンピースを着せた。
七時を少し過ぎた頃、スマホにメッセージが届く。病院を出たという連絡だった。私は手際良く仕上げをする。全ての料理がテーブルに並んだ頃、インタフォンが鳴った。
モニターを見るなり、和花は階段を駆け降りていく。
「のんちゃん、階段は走らない!」
 注意するが「はーい」の声がもう遠く、私が階段を下り終わる前に「先生、いらっしゃい」と大和を迎え入れている。
「遅くなってごめん」
申し訳なさそうに大和は言う。一瞬、数時間前のキスが頭をよぎるが必死で掻き消す。
「ううん、急いで来てくれたんでしょ? ありがとう」
「これ、アリサワのプリン」
 取手のついた無地の白い箱を私に差し出す。前回和花がプリンがいいと言ったのを覚えていてくれたのだろう。
「うわぁ、懐かしい! アリサワの洋菓子大好き!」
シェ・アリサワはこの地域で人気の洋菓子店で、特に烏骨鶏のたまごを使ったプリンが人気。代替わりした今も昔ながらの硬めの焼きプリンを作り続けている。とは言え、時代の流れかひとつ四百円を超えてしまい、我が家にとっては高級品になってしまった。最後にいつ食べたか、思い出せない。
「懐かしいよな。閉店間際で最後の三つだったんだ。みんなで食べよう!」
「ありがとう、大和。どうぞ上がって」
「おじゃまします」
 靴を脱ぐのを待って、和花は彼の手を握る。そして「はやくはやく」と引っ張っていく。
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