恋煩いの処方箋

「顔を上げなさい、大和くん」
父に言われ、大和はゆっくりと頭を上げる。握った拳を膝の上に置き、真っ直ぐに父と向き合う。
「和花のことを知ったのは?」
「三ヶ月前です。和花ちゃんが保育園で怪我をして救急搬送されてきた時に僕が担当しました。その時、もしかして僕の子供なんじゃないかと思ったんです」
「あの子は、幼い頃のきみによく似ているからな……」
 私の両親は生まれた頃から大和のことを知っている。二人とも口には出さなかったが、和花の父親が誰なのか気付いていたのだろう。なにも聞かれないのをいいことに、ずっと話さずにここまではきてしまったのは私の責任。
「……はい」
「亜子から妊娠したと聞いた時、相手の男が憎らしかった。娘の未来をめちゃくちゃにして姿も現さない。なんて失礼なやつだろうって、」
大和の膝の上の拳が震えている。優しい父の口からこんな辛辣な言葉が出るなんて思ってなかった。私は堪らずに口を挟む。
「お父さん! それは大和に黙っていた私が悪いの。だから彼を責めなるようなこと言わないで!」
「いいんだよ、亜子、お義父さんのおっしゃるとおりだから」
 前のめりになる私の肩をそっと引き戻す。
「でも……」
「原因を作ったのは俺だ。知らなかったとはいえ、亜子とのんちゃんと、ご両親には苦労をかけた。本当に申し訳ないことをしたと思っている……でも」
そう言って大和は父を真っ直ぐに見ていった。
「だからこそ、これからは僕がふたりを支えたい。幸せにしたい。父親として娘の成長をそばで見守りたいんです。だからどうか、僕が家族になることを認めてはいただけないでしょうか?」
 大和は言い終わると頭を下げる。
「私からも、お願いします」
 私も静かに頭を下げて父の言葉を待った。
「だめだ、……なんて言うと思ったか? そりゃ、今更ノコノコ出てきやがってとは思ったさ。でもね、和花には君が必要だ。もちろん、亜子にもね。私もお母さんも、亜子とのんちゃんが幸せになるなら反対するつもりはない」
 私は弾かれるように頭を上げた。
「じゃぁ」
「亜子、よかったな。大和くん、二度とふたりを手放すようなことはするな! 三人で幸せになりなさい」
 目を潤ませて言う父に大和は「はい」と答える。その横顔には決意が滲んでいた。
「のんちゃん、いっちゃダメよ」
 母の焦る声と同時に襖がスパンと開く。
「みつけた! ばぁばー、みんなここにいたよー︎」
 緊迫した空気が一瞬でゆるむ。
和花はきょとんとした表情でみんなの顔を見回すと、「なにしてたの?」と聞く。
「ごあいさつ、してたんだよ。のんちゃん」
 大和が答えると、和花は中に入ってきて彼の肩を揺す。
「えーっ、のんもしたかったのに。ずるいよ大和くん」
「ごめんごめん、のんちゃんはおばあちゃんとなにしてたの?」
 話を逸らすのが上手い。最近では私より大和の方が和花の扱いが上手いのではないかと思うことが増えている。
「のんはね、アイス食べたの。いちごのやつ」
 和花が好きないちごといえばファミリーパックのカップアイスだろう。割高なので私は滅多なことでは買わないが、実家では孫かわいさで買い置きしてくれている。
「そうかーのんちゃんいちご好きだもんね。お義母さん、ありがとうございます」
 和花を自分の膝に乗せながらとても自然にお礼を言われて母は一瞬ポカンとする。
「え、ああ。いいのよ。お昼ご飯食べられなくなるから小さいサイズのアイスにしたのよ。そろそろかしらね」
 時計を見て母が言う。
「あそこはいつも時間通りに来るからな。大和くん、河邑の鰻好きだったろう? 寿司にしようか悩んだんだけど、昔君が好きだと聞いたことを思い出してね」
 割烹河邑といえば鰻と言われるほど地元では有名店。大先生――大和のおじい様が懇意にしていてそこのうな重の出前をよく取っていた。大和と遊んでいると私の分まで注文してくれるのでありがたさも知らずに食べていた。とても美味しくて子供ながらに特別な料理なのだと感じてはいたけれど、今思えばかなりの贅沢をさせてもらっていたと思う。
「河邑の鰻、懐かしい……僕のために、お気遣いいただきありがとうございます。うれしいです」
「ありがとう。お父さん、お母さん」
 大和とまた河邑のうな重を食べられるなんて思わなかった。
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