恋煩いの処方箋
9.七夕の夜に
9.七夕の夜に

 東京から帰って一週間ほど経ったある日のことだった。市役所の閉館間際になって一人の女性が窓口に現れた。
「間宮さん、て方いますか?」
 窓口で杉崎さんに声をかけたその人は私を指名する。
「間宮さん。あの方お知り合い?」
 長身で長い髪をひとつに束ねたその顔に微かに見覚えがある。私はカウンター越しに挨拶をする。
「こんにちは。私が間宮ですが……」
 とても綺麗な顔立ちと、堂々とした佇まい。着ている服も洗練されていて都会の女性の匂いがする。やはり、どこかでみたことがある。
「へぇ、あなたが間宮さん?」
 その女性は私を値踏みする様な目で舐めるように見る。不躾な態度にあまりいい気持ちはしない。でも、あくまでも顔には出さずに応対する。
「はい。……あの、どんなお手続きをご希望ですか?」
「私、島津と申します」
「……沙也香さん」
「そうそう、なんだ私のこと知ってるんですね。じゃあ、話は早いや」
 急に砕けた口調になり、呆気に取られていると、彼女は「まだ仕事中ですよね」と聞く。
「はい。でもあと少しで終わります」
 時短勤務をしているので、あと三十分ほどで退勤できる。
「じゃあ、外で待ってます」
 待たれても困る。これから保育園へ和花を迎えに行かなければならないのに。
「でも私、娘のお迎えがあって」
「あー大丈夫! たいした話じゃいんですぐに終わりますよ」
 そう言って沙也香さんは正面玄関に向かって歩いていく。
(なんて強引な人……)
他人に合わせてしまっったり、配慮しすぎてしまいがちな私にとって、彼女のような自分主体の言動が取れるのは羨ましくもある。救急の現場で立ち回るためにはいちいち迷ったり、遠慮したりしていたら命は救えないのかも知れない。
「間宮さん、大丈夫ですか? お知り合い?」
 心配そうに杉崎さんは聞く。
「……杉崎さん。大丈夫です。ありがとうございます」
 知人と言っていいのか分からず言葉を濁す。机を片付けて職場を出ると、沙也香さんの姿を探す。
「お待たせしてすみません」
 正面玄関の外のベンチにいる彼女の元へと小走りで駆け寄る。
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